直木賞「対岸の彼女」角田光代!亡き母偲んで涙
「受賞したときに一番最初に電話したかったのが母で…
受賞を聞いて…『あっ、いないんだ』って…」とは…
昨年11月29日に「母」を亡くした「角田光代」氏の弁!
止まらない「涙」は!きっと「天国」にも届いたはず!
【母に電話も「あっ、いないんだ」直木賞の角田光代さん】(gooニュース)
愚図愚図と酔いしれて…【011】
この見よう見真似のインキの調合を「お医者さんごっこ」に、勲は採用したのだ。家の斜め向かいに、キヨちゃんという三つ年下の女の子がいた。その女の子に限らず勲の家には、よく子供が遊びに来た。というのも印刷工場というのは、巨大な輪転機や材料の巻き取り紙、そして仕上がった印刷の紙の束を収納する倉庫や工場が必要である。百五十坪の三分の二は工場と倉庫が占領していた。その中の工場は輪転機三台が稼動していて、子供には危険地帯。うす汚れた壁のあちこちに『注意一秒 怪我一生』と書かれた、標語の短冊紙が貼られている。ところが倉庫は子供たちにとっては、格好のかくれんぼの遊び場だ。
勲の遊び仲間三人と、そのキヨちゃんを加えて、かくれんぼをしているうち、誰が言い出したでもなく、遊びの流れは『お医者さんごっこ』へと移った。そんな名前すら知らない遊びに勲たち男の子が誘い込まれたのは、たぶん、倉庫内のかくれんぼというシチュエーションにあった。高く積み上げられた巻き取り紙や印刷済みの紙の山。その隙間の小さな空間に独りぼっちで息を潜めて、隠れる。鬼に見つかったら負け。何とも言えない緊張感。おしっこちびりそう。ちんちんの辺りが疼く。「なんでやろ?」しかも、何処かに女のキヨちゃんが居る。何か秘め事のような、かくれんぼ。この先どうする?てな、具合ではなかったのか。
勲は前栽に入り、南天の葉っぱ一枚を『お医者さんごっこ』の道具に千切って来る。そして一本の木の切れ端に、インキの缶々四つ。キヨちゃんは、何が何だか分からない顔でお尻を出している。勲はインキの蓋を開け木の切れ端で、四色のインキを葉っぱの上で色を調合する。それをキヨちゃんのお尻のキャンバスに、塗りたくっていく。その刹那―「これや、これや、この鼠色や!」と叫ぶ勲の声と同調して、キヨちゃんの泣声が倉庫中に響き渡る。 家の前の木の盥(たらい)に水を張った中にキヨちゃんは泣きべそをかいて、素っ裸でしゃがみ込んでいる。「一体何をすんねん、あの子らは!」キヨちゃんのお母さんが怒りながら、束子でお尻のインキを落としている。水と油―、お尻の鼠色は一向に落ちないで、段々と広がって行く。束子でゴシゴシやられたお尻の肌のピンク色と鼠色が一体となって奇妙な〝新色〟へと変貌して行く。その様を見て心の中で、勲は呟く「お父ちゃんに、この新色のこと教えたげなアカンなあ…」と。この一件以来、勲は半年間、倉庫への入庫を厳禁された。又、物心ついたキヨちゃんは通学の時など、勲の家の前を迂回して通る様になった。


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