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2005.01.29

「華氏911」主演?ブッシュ大統領「最悪男優部門」

最も酷い「映画」や「俳優」を選ぶことが「趣旨」の
「ゴールデン・ラズベリー賞」の「最悪男優部門」に
「華氏911」で「主演」した?「ブッシュ大統領」
主催者によると…自然体の「演技力」が評価されたとか!
【ブッシュ大統領が「最悪男優部門」にノミネート】(サンスポ.com)

愚図愚図と酔いしれて…【023】

 名古屋・御園座。又、一ヶ月間の『馬喰一代』の舞台が始まる。ここでは、おもちゃの二挺拳銃が渋谷天外から勲にプレゼントされた。腰にガンベルト、両手を左右のガンホルダーの位置に構える。ヤホヤホ~ヤホ~ッ!アパッチ族の襲来だ。勲はやや腰を落とし、敵の馬群を冷静に見つめる。「まだ早い…」バッカバッカバッカ~酋長の馬の足許に視線を遣る。「今だ!」サッと両手がガンホルダーの中の拳銃を取り、前方に構える。銃口からはポンポンと二個の紐付きのコルク栓の弾が飛び出し、銃口の下に垂れ下がる。フン、口ほどにもない奴らめ…。
 丁度、大相撲名古屋場所が初日を迎えている。ここ数場所、関脇・房錦の調子がよく、ファンの注目を浴びている。当時の日本映画界は黄金時代で製作本数も五社で競い合っていた。『褐色の弾丸・房錦』が封切られていた。立合いの一瞬、頭を相手の胸元に弾丸のように突っ込み、両手を追っ付け一気に寄り切る。そんな相撲ぶりの小兵力士、関脇・房錦が主演の一代記である。相撲とプロレス、プロ野球が、テレビジョンの普及と共に国民的人気を博していた。
 御園座の楽屋では大相撲のトトカルチョが流行っていた。小太鼓の輪っかに二メートル程の棒を通し、ふたりの役者が前後に担ぎ、太鼓を叩いて楽屋を練り歩く。触れ太鼓の真似事なのだ。前は藤山寛美。その日の取り組み表を基に、勝ち力士を当てる、単純な博打だ。松竹新喜劇で藤山寛美はまだ脇役だった。後年、寛美は大借金を抱え込むことになる。勲は寛美にも可愛がられていた。新橋演舞場同様、子役四人は旅館での合宿生活。公演が休みの日、旅館の部屋で四人は、自分たちの芝居以外の演目の一場面を、役柄を振り分けて演じる遊びを考え出した。谷崎潤一郎原作の『細雪』夜の部の人気舞台だ。四人姉妹の役を子役四人で演じる。恐ろしいもので毎日のように、楽屋のスピーカーから漏れてくる台詞を聞いたり、舞台の袖から見学していると台詞を覚えてしまう。部屋の中で物真似芝居を演じるうち、勲はひょんなことから転び、座卓の角でしこたま額を打ち付けた。見る見るうちにでぼちんが膨れあがる。大きなたんこぶが隆起する。ウェ~ン!烈火のごとく勲は泣き叫ぶ。泣き声を聞いて一番最初に部屋に飛び込んできたのが、寛美兄ぃちゃんだ。旅館の女将にアロエの葉を貰って来て、葉を半分に裂き、中身を額に当てる。熱を帯びていたたんこぶにアロエの身の冷気が、優しく包む。この一件以来、勲は寛美兄ぃちゃんを役者の師と仰ぐ。その後、大阪の中座の舞台で勲は、度々、寛美と共演する。だが台詞は、無いに等しい。
『馬喰一代』の暮れの大阪・中座の公演も無事終わり、勲は昭和三十三年の正月を迎えた。

愚図愚図と酔いしれて…【一挙掲載版】

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2005.01.28

映画「ローレライ」主題歌を歌う「ヘイリー」17歳

「日本海軍」潜水艦の戦いを描いた映画「ローレライ」
主題歌を歌うのは「ニュージーランド」の「ヘイリー」
「17歳」の透き通った「歌声」が魅力的なのだが…片や!
「愚図愚図と酔いしれて…」BGM「VOICE」や如何?
【映画「ローレライ」を“応援”にヘイリー3月来日へ】(サンスポ.com)

愚図愚図と酔いしれて…【022】

 あの橋を渡れば、もうすぐ旅館だ。人騒がしい。映画館の前に人だかりが見える。ショートヘアーを軽くカールさせた、勲と同年代の女の子がカメラのフラッシュを浴びている。「松島トモ子や!」数段どころか、月とスッポンのランク違いの子役、松島トモ子。顔の面積と不釣合いなデカ~イ目、こまっしゃくれた物言いと、歩くしな。「あいつ、ほんまに同い年かいな?」今、流行りのテレビの歌番組や映画で引っ張りだこだ。そういえば劇団「ひまわり」の子役、中山千夏は舞台を中心に、売れっ子だ。ロングランの『がしんたれ』で女優・三益愛子と共演し、子役を見事に演じている。勲のライバルだ。というのも、千夏は勲と同い年で、ましてや勲の住む大阪H区の隣、F市の薬局の娘だ。F市とは、父と足繁く通った映画館「昭栄座」のある街だ。負けてはいられない。しかし、千夏は『がしんたれ』の主役。勲はというと『馬喰一代』の幼年期の…あれだけの台詞しか与えられない…子役。これ又、月とスッポン。劇団の名前も「ひまわり」と「こびと座」。「ひまわり」は太陽の陽をいっぱいに浴び、青空に向かって伸びて行く。一方の「こびと座」―勲がテレビ業界に身を晒した時代から、「こびと」は放送禁止用語。母が人だかりの外から体をジャンプさせながら叫ぶ。「い~さ~おぉ~、見てみぃ~トモ子ちゃんやぁで~!」「知り合いか!」勲はまだ拗ねている。
 自分が出演する映画でも観終わったのか、松島トモ子が、しゃなりしゃなりと通り過ぎて外車に乗り込む。車のテールランプの上のボディーラインが、天にそそり立つ。シボレーだ。ブゥンとアクセルを吹かして走り去って行く。「…そうか、お母ちゃんは僕と兄ちゃんを松島トモ子や中山千夏みたいな子役にしたいんや…」と。

 『馬喰一代』幼年期の太平は丸坊主。大正時代の、それも馬喰の子倅が坊ちゃん刈りのわけがない。『おじいちゃんの飛行機』の二人は坊ちゃん刈り。勲は始めての丸坊主に、拗ねた。そこで、渋谷天外が勲におもちゃの
パトロールカーを買い与えた。
 新橋演舞場の舞台は、昼の部が一時、夜の部は六時からの公演。『馬喰一代』は夜の部。舞台セットの建て込みは、午前十時から始まる。大道具の人たちが手際よくセットを組み立てていく。花道はフリースペース。勲はパトカーを掌で握り、車輪を花道の床に擦りつけ、前方に3~4回擦る。すると車輪にゼンマイの動力が伝わる。手を離す。ブゥン!パトカーは花道を舞台に向かって疾走する。「松島トモ子のシボレーと、えらい違いや…」
 新橋演舞場での生活は勲にとって、非日常の別天地だった。演舞場の中には多くの、御茶屋がある。勲のお気に入りは和食の『三原屋』勲の顔を見ると、板さんがカウンター越しに「らっしゃい!」と威勢よく微笑む。勲はチョコンと腰掛ける。もう、一人で店に入れる。演舞場での舞台も二週間が過ぎた。母も帰阪し、小浜君の母が輪番制でやって来ている。「ヘイッ、鉄火巻き一本!」勲は、この鉄火巻きに嵌まっている。こんな美味いものがこの世にあるのか!母の蓬餅、『ふじや』の肉うどん『スエヒロ』のビフテキに次ぐ、勲の好物だ。「おっかさん、大阪に帰ぇちまったんだってねぇ…寿司食いねぇ」馬耳東風、勲の気は鉄火巻きへ行ったきり。「寂しいだろうによう…」気のいい板さんだ。付けは、劇団払い。勲が次に目指すのがパーラー『ミツヤ』この店のバナナをコチンコチンに凍らせた〝バナナアイス〟が最高。
「太平ちゃん、いつものネ!」役名が呼び名。ロングヘアーに大きな瞳、すず虫のような優しい声。濃くもなく薄くもない香水の香り。
勲はこの女性に嵌まっている。こんなにも美しい女性が、この世に居るものなのか。母代わりに甘える。だから、勲の「おいしいもん帳」のトップは『ミツヤ』のバナナアイスなのだ。

愚図愚図と酔いしれて…【一挙掲載版】

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2005.01.27

「冬のソナタ」名場面「写真付き切手」ヨン様は?

「韓国KBSテレビ」公認で!ドラマ「冬のソナタ」の
「写真付き切手」が発売されることになったそうだが…
「名場面」の「風景ショット」ということであって!
「ヨン様」は「シルエット」だけが登場ですから!…残念??
【冬ソナが切手に…名場面の風景ショット、25日から】(サンスポ.com)

愚図愚図と酔いしれて…【021】

 勲の家にテレビは無い。勲の勉強の邪魔になるというのが藤田家の家計一切を仕切っている母の意見だ。なのに劇団に入れて、子役に仕立て、自分も付き添いで東京に来、一年のうち三分の一も学校に通わない勲に、矛盾は感じないのだろうか?

 スエヒロを出て旅館に向かう。途中、ビルの工事現場がある。セメントを混ぜるための砂が山のように積み上げられている。砂山は格好の遊び場だ。砂遊びの基本はトンネル堀り。あっちからは森田君と中島君、こっちからは小浜君と勲。手掘りのトンネルは中央でお互いの手が触れ合った時、貫通だ。四人の服は砂だらけ。「服、砂だらけやないの!」母の平手が、勲の頬を打つ。「なんで、ボクだけ叩かれなアカンのん!」又、平手が飛ぶ。
 親元を離れての合宿生活。子供たちは学校生活から解き放たれ、芸能界という未知の大海に放たれた。躾。しかし、他の子に母は手を上げるわけにはいかない。そして、中島君には母がいない。森田君、小浜君の母はまだ来ない。東京に来てから勲は母に甘えている。家では怖い母が、東京ではいつも笑みを欠かさない。劇団のマネージャー、松竹新喜劇の役者さん、スタッフに、子役の付き添いとして接する母は、笑顔を絶やさない。こんな母の姿を勲は見たことがない。家での母は五人の子供の面倒と父の印刷の仕事を、油まみれになって手伝う。得意先の商談から節季の支払い、すべて母が仕切っている。東京に行く前の夜、母と一緒に勲は風呂に入った。「あんなあ勲、お前はおとんぼやさかいに、お母ちゃんや、お父ちゃんと一緒に居てる時間が一番短いんやで」「なんで?」「そやかて、お前はまだ九つや。という事は、お母ちゃんの子供になってまだ九年やろ?」「ウン」「一番上の兄ちゃんはもう二十年以上も、お母ちゃんの子どもや」「フ~ン」「お母ちゃんは、お前より先に死ぬやろ」「………」「そやから、お前はお母ちゃんに甘えて、ええんやで…」勲は、うれしいような悲しいような、甘くて酸っぱい思いに駆られた。
 実際、母は五十一歳で逝く。勲、十四歳の六月一日、小雨の降る夕暮れ時だった。
 砂のトンネル―母に甘えた勲にビンタが飛ぶ。母は思う。他の子は口には出さないがホームシックにかかっているだろうに…。三人の心情を思い、母は勲を甘えさせない。母の心情など、勲が知る由もない。「ボクは、お母ちゃんの子供とちゃう!」と、勲は幼心に思う。そういえば、一家で晩御飯を食べている時、何の気なしに訊いたことがある。「お母ちゃん、ボクどこから来たん?」「鳶がなあ、勲くわえて裏の田んぼに落としたんや」当時に性教育は無い。ボクは鳶の子供なのだ。その記憶が今の状況にオーバーラップする。
 集団から勲は独り遅れ、トボトボと重い足を運ぶ。中島君が母と手をつないで、先を歩いている。「お母ちゃんはボクより中島君のほうが可愛いんや……」勲は拗ねる。咽喉の辺りに何かが痞え、呼吸するのが辛い、そんな初めての切ない想いを感じながら、勲は薄っすら涙を瞳に溜め、母の後姿を追う。

愚図愚図と酔いしれて…【一挙掲載版】

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2005.01.26

「今週、妻が浮気します」書籍化!「電車男」超え?

インターネット「掲示板」から生まれた「電車男」の
「二匹目の泥鰌」を狙うのは何か?興味津々だったが…
ついに「今週、妻が浮気します」が書籍化!新発売!
「愚図愚図と酔いしれて…」の「書籍化」や如何?
【中央公論新社が、OKWebコミュニティの投稿を書籍化】(OKWeb)

愚図愚図と酔いしれて…【020】

 勲は三年生に上がってからの一年間、三分の一も学校に通っていない。新橋演舞場の次は、名古屋の御園座、暮れの大阪・中座。この他、大阪千日前の歌舞伎座でのミヤコ蝶々・南都雄二との舞台。同じく、蝶々・雄二主演の大阪テレビ(今の朝日放送)のバラ劇場『月と子供』の子供役と、勉強なんてしている暇がない。まるで旅役者だ。児童劇団の団長も世間体を気にしてか、勲の母に「公演中は、家庭教師を付けますので、ご安心下さい!」「そんなん、先生、気にせんといて下さい!」社交辞令。実際、勲は新橋演舞場と御園座公演では、家庭教師どころか勉強なんてしたためしがない。一応、教科書は持参していたが…。他の子役も同じだ。子役は合わせて四人いた。『馬喰一代』太平の少年期の森田君、幼年期の勲、現代劇『おじいちゃんの飛行機』の兄弟役の中島君、小浜君の四人。子役たちは演舞場近くの旅館での合宿生活。行ったことはないが、毎日が修学旅行気分だ。付き添いは「こびと座」の女性マネージャーと勲の母。中島君は母が居ない。そこで、他の三人の母親が輪番制で子供の面倒を見るというシステムだ。或る休演日―。子供四人と母、五人連れ立って水道橋の後楽園遊園地へ。大観覧車にジェットコースター、メリーゴーランドにコースター。コースターは全員が初体験。中に入る。そこはドラム缶を半分に切ったようなデカイ円筒形のスペース。アナウンスの声が響く。「皆様、本日は後楽園遊園地にようこそお越し下さいまして、誠にありがとうございます。只今よりローターが回転いたします。皆様、体を大の字にして壁に背を当てて下さいませ」全員、体を大の字にする。ローターの内側にはビニールのネットが貼り付けてある。「皆様、準備はよろしいでしょうか?コースター・ゴーッ!」グワン~グワン~グワン~徐々にローターは回転速度を上げていく。グワン~グワン~グワン~その刹那、ナ・ナ・ナント、床がスルーッと奈落へ降りて行く…。体といえば、ローターの遠心力で壁にピターッとへばり付く。ヒェ~ッ!場内は大絶叫の嵐。何の事はない、ローター内は洗濯機の脱水状態である。外に出る。五人とも真っ青、まだ目が回る。「東京いうとこは、怖いとこや…」勲は呟く。
 その日の夕食は、ビフテキ。それも銀座『スエヒロ』だ。この店の支配人が以前、勲の家で経理として働いていた、と母は言う。だから安くビフテキを食べさせてくれるらしい。母が「やぶさん」と呼ぶ支配人に会釈を送る。
ビフテキ…なんという言葉の響きだろう。すき焼きとは又違う、何かアメリカンチックな、ビフテキ。熱々に焼きしめられた鉄板の上に、デーンと誇らしげに位置を占める、ビフテキ。周りのポテトやにんじんに目は向かない。網膜の裏に焼き付く映像は、ビフテキ。分厚い肉の上のバターがトロ~と溶け、肉の側面を伝って鉄板に滴る…ジュ~ッ…もうたまん!「なにしてんのん勲、はよ食べ!」
 このスエヒロの常連客が我らがヒーロー・力道山。一回の食事で二キロのビフテキ三枚をペロッと平らげる。「そやないと、シャープ兄弟とか吸血鬼・ブラッシーとかルーテーズを空手チョップで退治でけへんわなぁ」と、勲は思う。戦後十二年も経っているというのに日本プロレス界は、今だ〝鬼畜米英〟である。【戦い】―。小柄な力道山が、肉食動物に見える胸毛もじゃもじゃの大男を伝家の宝刀・空手チョップでバッタバッタと薙ぎ倒す。そのさまをテレビジョン画面に釘づけにされた、敗戦国日本の老若男女が狂喜乱舞する。まやかしの大本営発表に、皇国日本の勝利を信じていた日本人が今、目の前で確実にアメリカ人プロレスラーを完膚なきまでに打ちのめす力道山の勝利に酔いしれる。誰が何と言おうが戦後ナンバーワンのヒーローは力道山だ。

愚図愚図と酔いしれて…【一挙掲載版】

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2005.01.25

映画「パッチギ!」井筒和幸監督「心の鼻血を!」

昭和43年!「日本人」と「在日朝鮮人」との青春群像劇!
「京都」を舞台にした「井筒和幸」監督映画「パッチギ!」
「年代」と「舞台」は異なるが!相通ずる「ノスタルジア」
「愚図愚図と酔いしれて…」の「青春時代」に乞う御期待?
【塩谷瞬、思わず涙…井筒流愛のムチに“感謝”】(サンスポ.com)

愚図愚図と酔いしれて…【019】

 米太郎が渋谷天外、太平(幼年期)が藤田勲。

太郎  「米太郎 米太郎 居らんのかい…太平 太平…」
          馬小屋の方から太平が出て来る
太郎  「オイ太平 お父さんは?」
太平  「おっ母ァつれて教会へ行った」
太郎  「ふ~ん 教会へ参ったか それでお前一人、留守番か」
太平  「う~ん」
          と、馬小屋の方見る
太郎  「誰ぞ来てるのか?」
          馬小屋の方から松沢出てくる
松沢  「オッ 目くされの太郎か」
太郎  「雪 えらい降り出したのう お前留守番か?」
松沢  「オウ 今朝 道で米太郎に会うたら 馬がお産する気配が
     見えてきたが女房は病人 太平はまだ子供 俺一人でどうにも
     仕様がない 手伝ってくれと頼まれてな まあこっちへ来い」
          と囲炉裏へゆく
松沢  「太平よ 今の藁 馬小屋へ入れとけ」
太平  「うん」
          と太平 馬小屋の方へ去る
太郎  「お雪 大分 悪いらしいな」
松沢  「医者に もう手当てしても無駄や諦めと言われてから米太郎
     お雪を背負うて教会へ参ってるのやが…」
太郎  「拝んで治るか?」
松沢  「気休めや…お雪 気ぃの方も触れとるらしいしな…」
          舞台 暗転
          スクリーンに雪の激しい映像 出現
太平  「おっ母ァ おっ母ァ!」
お雪  「あヽ雪が 雪が…」
          と立つ オロオロする太平にかまわず
          お雪 縁側へ行き〝雪が雪が〟と呟きつつ
          裏庭へ行く
太平  「おっ父!おっ父!来てくれぇ おっ母ァが おっ母ァが……」
          米太郎 つづいて松沢出る
米太郎 「どうした太平 あヽお雪は?」
太平  「裏庭へ 行った」
          米太郎驚いて行かんとする 太郎が出てくる
太郎  「オイ 何をしてる お産が始まる 米太郎 来てくれ」
          と言い捨てて去る
米太郎 「松沢 お雪を頼む」
松沢  「よし!」
          と飛んで行く
          米太郎 馬屋へ行きかける
          ハッと太平を振り返る
太平  「………おっ父!」
          と太平 駆け出し 
          米太郎にしがみ付いて泣きじゃくる
太平  「おっ父 おっ父!」
米太郎 「泣くな 泣くな太平! 太平 た た 太平ぇ~!」
          と 連呼する
          風音
 ◎それにかぶせてキネの雪の流れ その流
  れが段々早まって 目まぐるしいまでに
  速度が昴まる

 舞台中央で、みすぼらしい冬物の着物に、綿入れのチャンチャンコ姿の太平を米太郎が、しっかと抱きしめている、一枚の写真―。勲はもう一本、煙草に火を点ける。フウーッ…「台詞、こんだけか?」子供の頃の距離感・容積・体積などの体感が、大人になってからは、ちっぽけに感じることがある。しかし、いかに年月が経ったとはいえ、台詞の数が変わろう筈が無い。ビールをグラスに注ぎ、又、一気に飲み干す。フーッ…。まだ、午前八時過ぎ―閑静な住宅地を書斎の窓から見下ろしながら、勲は紫煙を吐き出す…。勲が、ここ奈良市学園前に移り住んだのは、三十三歳の時である。この経緯(いきさつ)も話せば長~い物語となる。

愚図愚図と酔いしれて…【一挙掲載版】

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2005.01.24

「不機嫌なジーン」甦る!ジャズ歌手「サラ・ボーン」

「竹内結子」主演!月9「不機嫌なジーン」の挿入歌…
「サラ・ボーン」が歌った「ラバーズ・コンチェルト」
是非とも!「愚図愚図と酔いしれて…」の「谷垣勝」の
「テナーサックス」で聴いてみたいものであるのだが…
【サラ・ボーン「ラバーズ・コンチェルト」CD化】(サンスポ.com)

愚図愚図と酔いしれて…【018】

 小学二年生の春、児童劇団に入った勲はその後、幾つものオーディションを受けた。他の劇団員との【戦い】―。
 入団して一年―。勲は小学三年生に上がっていた。今日もオーディション。八人の子役がオーディションを受けている。「おっ父!」父親役の、渋谷天外の腰のあたりに向かって走り、抱きついて、号泣する。ただ、それだけ。勲の番が来た。「おっ父!」あの雨の日、母にそうしたように勲は、抱きついた。勲が子役の座を射止めた。「一番、強ようにぶつかって来よった…」天外は微笑んでいる。

 中山正志 作
 舘直志 劇化
 村山知義 演出 

    馬喰一代
 
 グーッとビールを一気に飲み干す。美味い!二日酔いには迎え酒がいい…。
 勲の手元には、薄茶けた古い、一冊の台本がある。書斎に蔓延している紫煙に映し出されていた、遠い過去の映像が、現代(いま)に甦っている。アルバムの右端下の写真―。児童劇団「こびと座」に入って一年、勲の初舞台は東京・新橋演舞場の『馬喰一代』だった。
 台本表紙の右肩の舘直志は、渋谷天外の劇作家ネームである。松竹新喜劇を率いる渋谷天外。人情芝居を演じさせれば東西一。彼はユーモアと涙溢れる、後の新喜劇十八番(おはこ)となる"親馬鹿、子馬鹿もの"を大ヒットさせた。喜劇の大御所・藤山寛美、育ての親でもある。劇作家ネームの舘直志は〝立て直し〟の洒落に違いない。
 『馬喰一代』・・・・・
 大正末期の北海道、北見―。馬喰(ばくろう)の米太郎は女房が難産で死んでしまった日、近所の呑み屋で失意のあまり、大酒を喰らい店の客らと大喧嘩してしまう。その挙句、酌婦のお雪に急所を蹴られ、寝込んでしまう。この一件以来、米太郎は酒も博打も止め、残された赤子、太平を男手ひとつで育てる。数年後、その甲斐あって、小学校に入った一人息子太平は、成績もクラス一番の子供に育つ。太平を日本一の馬喰に育てる夢を持つ米太郎は、新天地を求めて留辺蕊(るべしべ)の町へ移る。腕のいい馬喰、米太郎に高給を出して雇うという大牧場の主人が現れる。その主人が、北見馬喰の誇りを捨て金欲にのみ走る、昔馴染みの六太郎と知って断る。
 米太郎の暮らしは苦しいが、太平だけが生き甲斐だった。太平はこの町でも優等生だった。担任の津田先生に「子供の意思を無視して馬喰にするのか!」となじられ激怒した米太郎も「太平にもお母さんが必要だね…」と言う先生の言葉は、胸に応えた。そんな折り、米太郎は、お雪と再会する。そして、お雪に求婚するも断られてしまう。
 長い、旅馬喰から戻ってみると、家ではお雪と太平が中睦まじく米太郎を待っていた。お雪の強い願いから、米太郎は太平の中学進学に同意する。学資として売ろうとした馬が病気になり、米太郎はとうとう六太郎から金を借りてしまった。しかも、道庁長官の金盃を争う馬市の日、審査員の一人だった米太郎は、六太郎に買収されて家で寝ている始末だ。そこへ、お雪が百円の札束を持って米太郎を叩き起こし、会場へ飛んで行けと怒鳴った。母の形見の懐剣を売ってきたのだ。
 春が来た。中学に入学する太平を駅まで送って帰った米太郎は、激しく喀血するお雪を見てハッとした。お雪の最期の時が来たと悟った米太郎は、馬を駆って太平の乗る汽車を追った。「忘れるな、ちゃんとした競走馬じゃぞ!」と、叫びながら・・・・・

愚図愚図と酔いしれて…【一挙掲載版】

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2005.01.23

社会人野球!欽ちゃん球団「ゴールデンゴールズ」

「野球もやって野菜も作る!」という「社会人クラブ」
「萩本欽一」監督率いる「ゴールデンゴールズ」が…
「野村克也」監督率いる「シダックス」と練習試合!
「女性選手」や「パンチ佐藤」の実力の程や如何?
【野村シダックスと欽ちゃん球団が3月に練習試合】(サンスポ.com)

愚図愚図と酔いしれて…【017】

 昨日の酒がまだ残っている。一階のリビングルームに降り、冷蔵庫を開け、サッポロ黒ラベルの中瓶を取り出し、栓を開け、小ぶりのクリスタルグラスを手に又、書斎に向かう。何故、先の四人のおやじ達が『イサオ・プロダクツ』に集っているのか?話せば長~い長~い物語となる。

 谷垣勝。昭和十九年、岡山県の小さな山村に生まれる。谷垣は二十一歳の時、すでにジャズのビッグバンドのテナーサックス奏者として、身を立てていた。十八歳のとき岡山から上京し、立川の米軍キャンプでバンドボーイとしてテナーサックス奏者を志していた。三年後、谷垣は、香港やシンガポールの一流ホテルのディナーショーのバックバンドの一員として、名を馳せていた。ある夜のショーは世界的人気歌手、ディーン・マーティン。
 オープニングは『モナリザ』。1933年に開催された、シカゴ万国博覧会のテーマ曲である。70年の大阪万博の♪こんにちは~こんにちは~世界の~国から~ こんにちは~こんにちは~桜の国へ~とは、えらい違いだ。2曲目は『思い出のサンフランシスコ』これ又、サンフランシスコ万博のテーマ曲。♪1970年の~こんにちは~えらい違いだ。その後もジャズのスタンダードナンバーのオンパレード。ショー前半のラストは『EVERYBODY LOVE SOMEBODY SOMETIME』間奏はテナーサックスのソロ。谷垣は立ち上がり、体をスウィングさせる。ホールは万雷の拍手。ディーンも左目のウィンクを谷垣に送る。
 シンガポールでの谷垣は、我が世の春だった。酒と女とクスリ、やりたい放題。高額のギャラで買った車は、オースチン。昼過ぎに目覚め、シャワーを浴び、素肌にオーデコロンを塗り、青いシルクのYシャツを着、オースチンのキーをポケットに、ホテルの部屋を出る。ステージは夜の9時。女とは、いつもの中華料理の店で待ち合わせ。海岸沿いのメインストリートを走るオープンカーの風が、心地いい。ランチを食い、ホテルの部屋でのクスリとセックス…。5年間の生活で、谷垣は体を壊した。
 日本に帰り、姉の住む東大阪市の家に居候する。半年間はブラブラした生活を送る。静養も兼ねての風来坊生活。体力に自信を得た谷垣は、昔のバンド仲間のツテを頼って、女性タレントのマネージャーに納まる。音楽業界とテレビ業界、戸惑いは無い。このタレントは大阪万博のリポート番組でのリポーターぶりが、某テレビ局のやり手プロデューサーの目に留まり、全国ネットの顔になっていた。
 谷垣はM放送の子会社プロダクション、F映画制作の入居しているビルを、タレントと共に訪れた。M放送の人気旅番組のリポーターの仕事が飛び込んだ。その打ち合わせだ。ここで谷垣勝は藤田勲と、始めて顔を合わせる事となる。二十二歳の勲は『民家の旅』という三十分番組の制作進行の職に就いていた。

愚図愚図と酔いしれて…【一挙掲載版】

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