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2005.03.27

愚図愚図と酔いしれて…【一挙掲載版】其ノ八

愚図愚図と酔いしれて…【071】

 悪戯のアイデアを常に頭蓋の中で、試行錯誤させている勲は、特別席からなかなか普通席に戻れない。登はいつも、勲の悪戯の共犯者ということで普通席に戻っていた。
 明日が検便の提出日という日の夕方、勲は登を誘い裏の田圃に出掛ける。「何すんねん?わし、特別席戻るのん、いややど」「ええから犬の糞、早よ探せ!」左手に空のABCマッチを持ち、犬の糞探し。目ぼしい糞を見つける。木の切れ端で犬の糞を二センチ程に切り、マッチ箱の中に入れる。これを自分たちの検便として提出する。
 数日後、保健所からの検査結果が学校に届く。「皆さん、このクラスにはけったいな病気を持った生徒が居ます。藤田、村瀬、立て!」勲は特別席で、登は普通席で起立する。「皆、二人を笑ってやりましょう!」「なんで?」勲は呟く。「皆さん、この二人は……狂犬病です!」「なんで犬の糞と分かってんやろ?」登は又、特別席に舞い戻る。

 夏が来た。
 四年生の時から、講堂の横の敷地の草むしりが全校生徒の仕事だった。プールの建設地である。団塊の世代が入学することを踏まえて新設されたF小学校には、プールが無い。夏の体育の授業の水泳は、徒歩で十五分のK小学校のプールを借りていた。校舎も古いがプールも古い。ザラザラのコンクリートで、底には苔が所々、へばり付いている。おまけに、水泳の時間はK小とF小の四クラス合同で使用する。芋の子を洗う騒ぎではない。芋と人参と大根を洗う、超過密状態。泳ぐどころか、風呂に浸かっている様なものだ。
 この夏、F小に念願の二十五メートルプールが完成した。それも生コンだ。コンクリートの表面は、ツルツル。勲は何故か学校が、ええしになった気分がした。

愚図愚図と酔いしれて…【072】

 この日はプールの完成を祝って「校内水泳大会」が開かれた。プールの上空には万国旗が張り巡らされ、プールサイドには来賓や父兄代表が陣取る。諸々の挨拶が続き、プログラムの最後を飾るのは、四年・五年・六年の高学年対抗「自由形リレー」だ。各学年五組から一名が選抜され、三チーム五名ずつによるリレーだ。一組からは登が選ばれた。
 登の田舎は広島県呉市で、毎年夏休みには帰郷する。毎日、呉の海で水泳を楽しんだ。そんなこともあって登は、水泳が得意だ。実際、勲なんかは歯が立たない。たぶん登は、校内一速いと勲は思う。自分の連れが、五年生のアンカーを務めるとあって、勲は鼻が高い。
「用~意…」バン!スターターは、ライオン先生だ。四年、五年、六年、横一線のスタートを切る。やはり六年が早くも、頭一つのリードを奪う。二十五メーターで、第二泳者が飛び込む。五年はマッカだ。「マッカ、頑張らんかい!息、吸うな!」無茶な声援を勲は送る。四年にもマッカは抜かれる。「あいつ、ちんぽの先、曲がってるさかいなあ」勲は呟く。泳ぎとは関係ないと思うのだが―。
 深江橋の深江は、文字通り昔、深い入江になっていた。今でも地盤が低く、大雨や台風の時などは、よく水に浸かった。
 この年の九月二十六日、最大風速四十五メートルという超大型台風が、伊勢湾から中部地方に上陸。満潮時と重なって大被害をもたらした。影響は三十九都道府県に及び、死者四七五九人、行方不明二八二人、負傷者は三万八八三八人の甚大な被害に見舞われた。
 世に言う「伊勢湾台風」である。例に漏れず深江橋の辺りも、多くの家が浸水した。

愚図愚図と酔いしれて…【073】

 六月の大雨で、勲の家の周りは、床上浸水に見舞われた。各家庭の大人たちは、一階の畳を上げたり、箪笥など家財道具を二階に運んだりと、忙しい。勲はというと、盥を持ち出し、一寸法師遊びだ。登を誘い、裏のマッカの家に盥を漕ぎ出す。その時、濁水の上を一本のゴボウが流れて来た。「これ、マッカに喰わそ!」マッカの家に辿り着いた勲は、同じように盥に乗ったマッカに言う。「マッカ、このゴンボ旨いぞ!俺も登も食べたんや」「嘘付け?」「ほんまや、おい登、喰う真似せえ…」小声で囁く。「わし、いやや!」「あほ、喰う真似だけでええんや」かじる真似をする。「ああ旨い…マッカ、旨いぞ」「ばばたんこで、俺を見捨てた罰や…」勲は、心の中で呟く。マッカはゴボウを本当に、かじった。
 或る日、田圃で遊んでいて三人で連れションした時、マッカのちんちんの先が一寸左に曲がっているのを、勲と登は目撃する。「台風の時のゴンボ喰うたから、ちんぽ曲がったんや!」二人だけの秘密にした。
 マッカは、三位でタッチした。最下位だ。
 第三泳者以降、四年チームは、どんどん離され、五年チームは六年チームに十メートル以上、水をあけられ、いよいよアンカーにタッチだ。最終泳者は五十メートルを泳ぐ。イルカのように飛び込んだ登は、いつものようなハイピッチで水を掻き、水を蹴る。クロールの息継ぎは、手を二回掻いて、一呼吸する、登独特の泳法だ。二十五メートルのターンで先頭との差は、五メートルまで縮まった。「そや、登の奥の手や!」勲は思い出した。K小学校のプールでの授業の時、スイスイ泳ぐ登に勲は「息吸う時、獅子舞いみたいな顔して、口をこう横に開いた方が、呼吸が楽ちゃうか」とアドバイスした。本当は登に面白い顔をさせたいだけのことだった。しかし、獅子舞い呼吸は、功を奏し、登の泳ぎは一層スピードを増したのである。
「登、獅子舞いや!獅子舞いや!」水を得た魚―登はグングン追い上げ、ゴールした時、六年チームに五メートルの差を付けての、快勝に終わった。

愚図愚図と酔いしれて…【074】

 夏休み―。
 登は、例年通り広島県・呉市の田舎に里帰りしていた。悪戯遊びの相手が居ない。マッカでは、頼り無い。有沢幸男は十日間、大阪南部の浜寺にある別荘で過ごしている。勲の田舎といえば、父の出身地、徳島県の石井という小さな村だ。しかし、これまで一度も父は連れて行ってくれない。理由は知らない。
 母はH区の隣、F市生まれなので田舎は無い。毎朝、六時の学校でのラジオ体操、午前中の「夏休みの友」の宿題を終えると、暇だ。
 自転車を駆って、勲は町内をブラブラ練り走る。F小学校近くを走っていると、一人の人影を見つける。近づいてみると、石原という二組の小柄な、顔見知り。「おっ、石原、何してんねん?」「……」これまで話したことは、一度も無い。石原は勲を、警戒している。というのも、勲は五年生の中では、やんちゃで通っているからである。「どこ、行くねん?」「帰るねん」「家にか?よし、送ったるわ!」何しろ、暇なのだ。固辞する石原を無理やり荷台に乗せ、運ぶ。
 でかい円筒形をしたガスタンクの近くに、石原の住むアパートはある。薄汚れたタイル壁の所々が、朽ちている。自分の住みかを石原は勲に、見せたく無かった。だから固辞したのだ。しかし勲は、そんなことには無頓着。「お前、何持ってんねん?」石原が手に、丸めた新聞紙を大事そうに持っていることに、初めて気づく。「何でもない…」「ちょっと見してみいや」「何でもないて…」勲は強引に新聞紙を剥がしにかかる。
 中には、山蟻が十数匹、蠢いている。「何や、蟻やんけ!お前、これどないしてん?」
 観念したのか石原は、山蟻をF小学校の築山の砂の中から探して、持ち帰った事の次第を告白する。
「先生に、ばらさんといてや…」勲にそんなつもりは毛頭、無い。いつも悪戯している勲にとって、先生は〔鬼門〕だ。「ほんでお前、この蟻、どうすんねん?」興味は、蟻のその後だ。「…俺なぁ、蟻飼うてんねん」「蟻、飼う?どういうこっちゃ」「家の中で、飼うてんねん」「ほんまか?ほんなら俺に見せてくれや!」「…藤田、見てくれるんか?」石原の顔が、やっと綻ぶ。

愚図愚図と酔いしれて…【075】

 石原の家は、アパートの二階の一番奥。六畳一間。ここに石原は、父母と妹の四人で住んでいる。便所と炊事場は共同。ドアの外に靴を脱いで、中に入る。「部屋狭いし、汚いやろ…」「蟻、どこにおるんや?」「あっこや」部屋の隅に唐草模様の風呂敷が、何かにかけてある。石原が風呂敷を取る。勲は、目を見開いた。
 そこには、片面がガラス張りの三十センチ四方、厚味八センチの箱が立て掛けられている。近づいて、よく見ると、箱の中には砂が入っていて、その砂には幾つもの、小さな坑道が走っている。その坑道を蟻が行き来している。「石原、これて蟻の巣と違うんか?」「そうや…」「そうやて、これ、お前が作ったんか?」「そうや…」「へえぇ、お前、頭ええなあ…」勲は感心して、目をガラスに近づけて観察している。気を好くした石原は、ご飯粒を四、五粒摘まみ、箱の蓋を開け、砂の上に撒く。すると底の棲家に居た蟻たちが上に、一斉に這い上がって来る。そのうち蟻たちは、米粒を幾つかに割き、せっせと底の食糧庫へ運ぶ。
 小さな蟻たちの生活する姿を、目の当たりにした勲は、感動を覚えた。
「石原、お前この蟻の観察記書いて、夏休みの宿題と一緒に提出せえ、先生褒めてくれはるぞ!」「俺、そんなことようせんわ…ただ蟻が好きなだけや…」「アホなやっちゃなあ」「そや、俺アホやからなあ…」勲は、石原を傷付けてしまったことを、悔いた。
 二学期が始まった時、登にこの驚きを報告した。登が言った。「藤田、石原は朝鮮人やど、分かってるんか?」勲はこの時、初めて学校に朝鮮人の生徒が居ることを知った。
 そして、生徒の多くが朝鮮人を差別していることも…。「ちょせん、ちょせん、ぱかするな、おなち飯喰て、とこちかう、靴の先が、ちょとちかう」長屋の子供たちが、合唱していた光景を勲は、思い出した。

愚図愚図と酔いしれて…【076】

 勲の夏休みは、まだ、暇だった。
 阪神タイガース・ファンの勲は、奥の間で座布団を二つ折りにし、うつ伏せになって朝刊を読んでいた。勲は毎朝、スポーツ欄を読む。国語は一年生の時から大好きで、通信簿は常にオール5だ。
 新聞紙に関して勲は、一つの疑問を持っていた。何故、一面に政治向きの記事が掲載されているのか?ある朝、母に聞く。
「お母ちゃん、何で表紙に難しい事ばっかり書いたんのん?」「それはなあ、この国の政(まつりごと)が一番、大切やからなんやでぇ」「へえぇ、お祭りて、そんな大切なん?」「アホ、政いうたら、政治のこっちゃ!」「ふう~ん…」
 今朝は、父に聞く。「お父ちゃん、政治て大切なん?」「そやでぇ、この右手の人差し指一本で、世界が大きゅうに変わるんやでぇ」
 父は人差し指を、曲げた。父が言っているのは『第一次世界大戦』のことである。

 一九十四年六月二十八日、ボスニアの州都サラエボで、オーストリア皇太子夫妻がセルビア人の学生に暗殺された―人差し指が、銃のトリガーを引いた―
 この『サラエボ事件』が発端になって、オーストリアがセルビアに宣戦、ヨーロッパを中心に三十ヵ国以上が参戦した、最初の世界規模の戦争『第一次世界大戦』が勃発した。
 日本は『日英同盟』―一九〇二年(明治三十五年)に日本とイギリスが結んだ同盟条約。中国・朝鮮をめぐって利害の一致する両国が結んだ。どちらか一方が一国と開戦する場合、他は中立を、二国以上との場合は共同で戦う―を理由に参戦し、ドイツの中国での拠点・青島(チンタオ)やドイツ領の南洋諸島を占領した。

愚図愚図と酔いしれて…【077】

 中国には『二十一か条の要求』―一九十五年、日本が中華民国政府に突き付けた二十一か条から成る条約。第一次世界大戦で列国が中国から後退したのを利用して、無理やりに山東省・満州(今の中国北東区)・内モンゴルなどに日本の利権を認めさせた。この結果、中国人の間に排日運動が盛んになった―を出して利権をあさり、世界各地への輸出を躍進させた。第一次世界大戦中に日本の工業生産は、五倍にも増えた。まさに〔漁夫の利〕である。
 父の話を聞いて勲は、これまで以上に尊敬の念を抱いた。「お父ちゃんは、尋常小学校を出てすぐ丁稚になったのに、何でもよう知ってはるなぁ…」
 この日を契機に勲は、新聞を一面から読むようになる。

 勲の夏休みは、まだまだ暇だ。
 今朝も、六時からのラジオ体操と「夏休みの友」を終え、新聞を読んでいる。
「勲、内山さんの家にでも遊びに行ってきたら?」内山は兄が養子に行った内山医院のことだ。ひとりぶらぶらしている勲を見かねての母の思いやりだった。勲は、あの日を忘れない。別府温泉への新婚旅行に、天保山埠頭で客船を見送った、あの日。
 母は、客船が豆粒になるまで、船影を見つめていた。「雅子、もうええやろ…」父が優しく声を掛ける。「お父ちゃん、博……取られてしもた……」母の瞳の下には、涙の乾いた跡が残っている。もう、涙も出ないのだろう。それほど母は、泣き続けていた。 
「お母ちゃん、内山さんとこ行っても、ええのん?」何故か勲は、泣きそうな顔で母に問う。「お母ちゃんが、内山さんに電話しといたげるさかいに、行っといで」「ふぅん…」

愚図愚図と酔いしれて…【078】

 内山医院は、近鉄F駅の次の駅前にある。自転車で約二十分。医院は古い平屋で先生は博の義父ひとり。いかにも街医者といった佇まいである。
 義父の一郎は、立派な口髭をたくわえ、刈り上げた髪をびしっと七三に分けた恰幅のいい風貌の医者だ。北海道のH大学医学部出身。
 そのため、内山医院の居宅には熊の置物が沢山ある。大理石を敷いた大きな玄関には、石で彫られた、勲が跨れる位の特大の白熊が、客を迎える。
 医院と母屋は古い木造だが、広い敷地には博自ら設計した鉄筋二階建ての、邸宅がそびえる。東京の医大でのインターンを終えた博は、二年間の教養学部に在籍していた大阪のI大医学部付属病院に勤務する傍ら、義父の医院を〝若先生〟として手伝っている。
 南側には、吹き抜けの円形ホールまである。グランドピアノを二台置いてもなお、余る空間。弘子は、ここでピアノ教室を開いている。生徒も五十人は居る。
 円形の二階部分の壁には、特注のスピーカーが埋め込まれていて、そこから流れ出るクラシック音楽の調べは、コンサートホールそのものだ。このホールで藤田家の家族全員が、博のバイオリンと弘子のピアノの協奏曲を聴いた。父も母も、養子に出した博の暮らしぶりを目の当たりにして、ホッとする反面、どうしようもない虚しさが胸中に去来した。
 この夜、内山家ですき焼きの晩餐が振舞われた。当時、すき焼きは最も高級な家庭料理だった。何が勲を驚かせたかというと、すき焼きの具を浸す生卵を、いくら使ってもいいという現実だった。藤田家では、父を除いてひとり一個。勲は内山家が眩しかった。

愚図愚図と酔いしれて…【079】

 兄の義父母も、妻の弘子もとても優しかった。藤田家の大切な息子を養子に迎えたことに、一種の遠慮みたいなものを感じていたのかも知れない。そんなことは勲には、分からない。勲は、医者という仕事にも、自分の家とは全く違った内山家の環境にも、すごく興味を抱いていた。
 そんな勲の心境を、母は知っていた。「勲の前では、博を取られたなんて、二度と言うまい」そんな母心が、今日、内山家に勲を遊ばせに行かせようとしている。内山家との融和―。
 内山家の広い芝生の庭には、錦鯉を飼うプールがある。縦十メートル、横五メートル、深さ一メートル。勲が訪れた時、往診時に車を運転する屋鋪さんが、プール掃除をしていた。五つの盥に錦鯉を移し、プールを空にして屋鋪さんは柄の長いブラシで、内側をゴシゴシ洗っている。その様子を一郎の妻・たえと勲は、上等のソフトクリームを舐めながら見つめている。「おばさん、あのプール洗ってから、どうするんですか?」丁寧にしゃべることを母から注意されている。「又、水を張って、しばらくしてから鯉を戻すのよ」東京弁である。内山夫婦は大阪の出身では無いので、東京弁を話す。新橋演舞場の「ミツヤ」の姉さんを思い出す。
「プールに張った水を、何でしばらく時間を置くんですか?」「何でも、水に太陽の光を当ててからの方が、水質が柔らかくなって、鯉には良いらしいのよ」「ふ~ん…どれ位の時間、置くんですか?」「さあ、二~三時間じゃないかしら?」「ふ~ん…その間、錦鯉はどうしてるんですか?」「盥に上に茣蓙をかけて置くのよ」「ふ~ん…その間は、プール、誰も使わないんですか?」「……あっ!ひょっとして勲ちゃん、あの中に入りたいんじゃないの?」勲の思いは通じた。
 勲はパンツ一丁で錦鯉のプールに浸かってしばしの水遊びを楽しんだ。一人っ子の弘子しか育てていない、たえおばさんは、プールサイドで麦藁帽子を被って、勲を優しい目で見つめている。
 プールの水は、鯉臭かった。

愚図愚図と酔いしれて…【080】

 真っ黒に日焼けして、白い歯をほころばせている勲と、その肩を抱いて微笑む、たえ。庭先で撮ったスナップ写真が、アルバムの中に蘇っている。
 書斎の窓を開けて勲は、ベランダに出る。大きく背伸びをして、息を吐く。早春の太陽は南から徐々に、北へと軌道を上げている。
 寒気と暖気を、ない交ぜにした陽光が雑木林に降り注いでいる。「ほっけっきょう」「うっ?法華経?」例の者が鳴く。大阪の下町H区に三十過ぎまで暮らしていた勲にとって〝生ウグイス〟の鳴き声なんぞ、聞いたことも見たことも無い。梅に鶯―この家に住まうまで勲は、鶯が鳴き始めるのは三月頃だと認識していた。ところが鶯という奴は、早くも一月の中旬に飛来し、鳴き方のレッスンを始める。今朝の「きょほけ」から「ほうこけ」そして「ほっけっきょう」と、奴の鳴き声は着実に進歩している。
 書斎の壁掛け時計は、午前十一時を刻んでいる。アルバムを捲ると、夏祭りの仮装大会のスナップ写真が勲の目に留まる。
 黒縁のまん丸の眼鏡を、鼻までずらして両手を広げる勲と、横で獅子舞いの顔をした登。

 和田という鉄工所の隣の角に、原っぱが在る。そこを会場にして二日間、盆踊りを兼ねて夏祭りが開かれる。「炭坑節」「ドンパン節」「河内音頭」に続いて「阿波踊り」―これは徳島出身の父のアイデア。誰にでも簡単に踊れるのだが、父の振りは本物だ。
 猿股に白の晒しの腹巻、素肌に黒の厚手の法被を羽織り、白足袋姿の父。ひと際、人目を引く。腰を折り、両手を九十度に曲げ、ゆっさゆっさと細かく上下させ、膝も折り、左右の足を交互に交差させ、練り歩く。「踊るあほうに、見るあほう、おなじ阿呆なら、踊らにゃ損々~」父を先頭に、老若男女が後に続く。踊りの列に加わっている勲は、父の姿が誇らしかった。常に柔和で心優しい父が、とても勇壮に見えた。

【連載】は…まだまだ続きます!ご愛読頂ければ幸いです!

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