愚図愚図と酔いしれて…【一挙掲載版】其ノ七
愚図愚図と酔いしれて…【061】
暮れの二十八日―勲は母に、年賀状の切手を買って来て欲しいと頼まれる。郵便局は、勲がいつも買い物に行く、市場のすぐ傍、深江橋の交差点の西にある。いつもなら歩く距離だが、捻挫した右足にまだ痛みが残るため勲は、自転車に乗った。年賀状の切手を買い、表に出て自転車に跨った時、国道の向かい側に住む同級生の大貫君が、声を掛けた。「おーい藤田、何してんねん?」「切手買いに来てん!ちょっと待って、そっち行くわ」国道を西から東、勲の視界では、右から左にトラックが走り抜けたのを見てから、自転車のペダルを踏んだ。………気が付くと、病院のベッドの上だった。
目を覚ますと、母の顔が目の前にあった。「気ぃ付いたんか?勲…堪忍やで、お母ちゃんが切手買いに行かしたばっかりに、こんな事になってしもてからに…」母が泣いている。「泣かんでもええ、勲も気ぃ付いたんやさかいに…」父もいる「そやかて…勲、お母ちゃん、堪忍してや…」何が何なのか、勲には分からない。
向かい側の大貫君の方に行こうと、自転車を漕ぎ出した勲は、行きすぎたトラックの陰から走って来た、西行きの中型トラックに撥ねられたのだ。大貫君から事故の知らせを聞いた勲の母は、腰を抜かさんばかりにうろたえ、五分で行ける病院まで、倍の時間を費やした。病院に着いた母は、手術室の前の長椅子にうなだれて座る、事故を起こしたトラック運転手を目にした。「うちの勲、どうなったんや?あの子は役者や、もしもの事があったらお宅、どうしてくれはるんでっか!」「すみません…トラックの陰から急にお宅の坊ちゃんが飛び出して来たもんですから…」「そんな事、どうでもよろし!勲の容態はどうですのん!」「私が担ぎ込んだ時、意識の方が…」「意識がどうしたんです!まさか…」「意識は無かったんですが、先生が大丈夫やと…」「何が大丈夫ですか!今もこうして手術中やないですか!」「……私にもお宅の坊ちゃんぐらいの子供がおりまして…事故の瞬間、その坊主の顔が浮かびまして、えらい事してしもたと…」「……」母は、黙ってしまう。
愚図愚図と酔いしれて…【062】
勲は口を開こうとしたが、何か違和感を覚えた。事故の傷は、頭部中央右、右眉毛の中、右目尻、上唇の右、左足脛の膝小僧の下に裂傷、いずれも何針か縫う。そして、左鎖骨骨折の全治三ヶ月の重傷―院長の診断書―
抜糸までの十日間、勲は大西病院に入院。外のコンクリートの通路で、ガチャガチャ、ローラスケートの雑音が聞こえる。
二ヵ月半で、剣道の胴の様なギブスが取れる。「なんか体、軽なって宙に浮きそうやわ!」鎖骨は、完治した。
三学期も終わりに近づき、四年三組の茶話会が開かれた。ジュースとお菓子の子供達のパーティー。全員が何か得意なものを披露する。この頃の子供の芸と言えば、テレビ番組の主題歌位が精一杯。個人で集団で次々、披露して行く。勲に順番が回ってくる。
♪風は~気ままに 吹い~て~いる
鳥は~気ままに 鳴い~て~いる
ど~せ~ 男~と 生まれたからにゃ~
胸の~炎は~ 気~ままに 燃やそ~
意気~と 度胸~の 人生だ~
ま~ま~よ 嘆くな~ 愛し~ぃお~前
明日~は~明日~の 風~が~吹く~
日活映画『明日は明日の風が吹く』主題歌
唄 石原裕次郎
「小学校四年生の唄う、歌ですか!」
担任、磐田敦子 通称名、ホルモン―彼女の叱声の中で、勲の四年生は、終わった。
愚図愚図と酔いしれて…【063】
午前八時半―本山正継から電話が入る。
「あ、あ、本山です。朝早くから済みません。今日、事務所、出られますか?」『イサオ・プロダクツ』のベランダでの〝おやじ宴会〟 の一員、元OBSラジオ・プロデューサー氏、七十二歳である。
勲と本山の出会いは、勲がF映画制作のディレクターの職を辞し、フリーランサーになり、テレビやラジオの番組構成に転身した後である。大学受験で四浪した勲は、三男の兄の縁故でテレビ制作プロダクション・F映画制作に入社。制作進行からディレクターになり三年が経った二十五歳で退職する。
毎週月曜日から金曜日の朝、九時から十一時まで放送のOBSラジオ番組『ごきげんさん大阪リクエスト』の構成を勲は担当していた。水曜日のディレクターが本山正継、四十一歳。元アナウンサーの本山は東京出身の痩身でダンディーな男である。勲が本山との親交を深めるのは、十四年後、本山が韓国KBSラジオ日本語放送の校閲委員に出向してからのことである。本山は韓国から帰国後『イサオ・プロダクツ』の事務所内に〔大阪ソウル会〕を発足させる。
この朝の電話は、大阪ソウル会の幹事会を事務所で開きたい旨の連絡である。
「いいですよ、今日は自宅で雑用があるので事務所には出ません」フリーターは、気ままなものだ。
早朝から、アルバム整理にかこつけての迎え酒。独り暮らしも又、気ままなものだ。アルバムには、五年一組の集合写真が貼り付けられている。昭和三十四年―。
新学期の組み替えで勲は五年一組、杉山学級の生徒となる。六年までの持ち上がりだ。
杉山竜馬―校内一怖い先生で〝ライオン〟の異名を持つ。朝礼の時、杉山は「前に~習え!」を「前に~ウオッ!」と叫ぶことから〝ライオン〟と呼ばれる。勲は、この教諭の組にだけはなりたくなかった。四年生の時のソフトボール決勝戦敗退の記憶は、まだ忘れていない。これからの二年間は、試練だ。もう、子役の仕事も無い。学校も休めない。
愚図愚図と酔いしれて…【064】
勲は、この春休み、劇団を辞めた。
松竹新喜劇の座付き子役みたいな勲は、当初のように劇団に通う必要は無かった。劇団に通うのは研究生で、子役の仕事をレギュラーにする劇団員は、タレント扱い。仕事が入ればその都度、劇団から連絡が入り、稽古・本番と仕事をこなす。
勲が四年の三学期を迎えた頃、劇団「こびと座」は、分裂した。副団長の宮本先生が新しい劇団を旗揚げしたのだ。母の意向で勲は、新劇団に移った。新しい劇団という事で、勲は以前のように週三回、劇団に通った。また『外郎売り』『あめんぼの歌』からの出発だった。新橋演舞場の初舞台から二年余り―子役としてデビューした勲にとって、一からのスタートは、ある種の屈辱でもあった。母には叱られるかも知れないが、勲は退団を決意した。その心境を伝えると、母はあっさりと了承してくれた。その頃の母は、胃が痛いと度々、仕事を休み、寝込むこともあった。勲には、その変調が分かるような気がした。
一番上の兄は、東京の医科大学に入学していた。その兄は二十三歳で学生結婚する。相手は高校時代の同級生である。その経緯(いきさつ)は・・・
兄の通うK高校は男子校、兄の妻になる内山弘子の通うS高校は女子校。当時、文部省の政策で男女共学が推進されていた。K高校の男子生徒半分と、S高校の女子生徒半分が入れ替えされた。兄はK高校に残り、弘子がK高校に編入してきた。運命の出会いである。兄はバイオリンの個人教授を受けていた。後の有名女性バイオリニスト、辻久子と一緒にその父の指導を仰いでいた。一方の弘子は、医者の一人娘で幼い頃からピアノを習っていた。その二人が恋に落ちるのに、時間は掛からなかった。
愚図愚図と酔いしれて…【065】
家の玄関で兄のバイオリン演奏を、勲は別世界の音色のように聴いたものだ。長男長女を早くに亡くした父と母は、兄を手塩に掛けて育てた。浜寺水練学校で体を鍛え、フィギァスケートをスイスイこなす兄は、幼い勲の目にも、兄弟の中で育ちが違う存在に見えた。
兄は弘子の家にも、よく通った。弘子のピアノと兄のバイオリンの協奏―それを傍で紅茶でも飲みながら聴く、弘子の父と母―やはり、別世界だ。
高校を卒業した兄は、大阪S大学の工学部に進む。兄は将来、分析化学を生かした仕事を目指していたようだ。父も母も家業の印刷工場を兄の為に、転業してもいいと考えていたのかも知れない。しかし、そうはならなかった。
藤田家、内山家双方とも兄と弘子の婚約は、既定の事実として捉えていた。そこに問題が生じたのである。
内山家は一人娘の弘子に、兄を養子に迎え入れる条件を提示した。その上、兄が医者になって内山医院を継ぐことも条件とした。藤田家の父母にとっては、まさに青天の霹靂である。女なら、蝶よ花よと育てたというのだろうが、兄は事実、そのように育てられた。事実上、藤田家の長男として父母は、大切に大切に育てた。その息子を養子に出す。易々と承諾できる条件ではない。父母とも藤田家の養子に入って苦労を重ねたからこそ、余計に譲歩できるものではない。
しかし兄は、弘子との結婚を最優先に内山家の条件通りに身を処した。S大学の二年間の教養課程を終え、東京のT医科大学の編入試験に合格。この年まで大学同士の編入制度があった。晴れて兄は四年間の医大生活を送る事となる。弘子が神戸の名門女子大を卒業するのを待って、二人は婚約した。東京世田谷区に小さな居を内山家が用意し、二人の東京生活が始まる。そして一年後、兄は学生結婚した。
愚図愚図と酔いしれて…【066】
新婚旅行は、大分県の別府温泉。大阪港天保山埠頭から新郎新婦を乗せた客船は、出航した。蛍の光が流れ、無数の七色の紙テープが、船と岸壁の間を行き交う。岸壁には藤田家、内山家の家族、親族が鈴なりになって、新郎新婦を見送る。両家にとって長男(戸籍上は次男)長女の晴れの華燭の典である。藤田家の父と母を除いては…。
ゆっくりと岸壁を離れていく船。母の手の二本の紙テープが、スルスルと船に伸びて行く。その先で兄と弘子が、満面に笑みを浮かべて、手を振る。すでに母の目からは、止めどなく涙が溢れ出る。勲は母を見上げる。切なかった。母の今のような表情を、勲はこれまで一度も見たことが無い。何のために、ここまで兄を育ててきたのか…長男長女を病で早くに亡くし、次に生まれてきた嬰児を母は宝のように育てた。涙でぼやけた母の視線の先に、船は無常にも航跡を残しながら、遠のいて行く。母の手の紙テープが、芯だけになってカラカラと回転している…ボ~ッ、ボ~ッ、船が汽笛を鳴らす。「………博……捕られてしもた………」
この頃から、母は体調を崩し始める―。
劇団を辞めた勲の五年生の生活が始まった。
ライオンこと杉山竜馬先生は、勲が劇団を辞めたことを知り、放送部に入れる。というのも一学期の級長の選挙で勲は、次点に泣く。一年生の時は、二学期に担任の推薦で、二年生以降は常に選挙で一学期の級長を務めてきた。勲の小さなプライドに傷が付いた。そこで杉山先生は勲を、放送部に入れたのである。怖い反面、心優しい先生でもある。
愚図愚図と酔いしれて…【067】
毎週月曜日は校庭で朝礼がある。放送部員の勲の仕事は、朝礼台にスタンドマイクを立て、放送室に入り、八時半のチャイムを合図に校庭で遊ぶ生徒に、マイクで指示を出す。「全員、直立!鉄棒で遊ぶ生徒、直立!皆、動かない!よろしい…」次に勲は、プレイヤーのレコードに針を下ろす。行進曲が全校に設置されたスピーカーから、流れ出る。全校生徒は行進曲に合わせて行進し、それぞれの定位置に整列する。朝礼台の両側に教諭たちも整列する。「全体~止まれ!校長先生からのお話です!」校長の挨拶があり、生徒指導教諭の今週の目標の話が続く。そして、生徒会長が登壇し、指揮棒を構える。勲は、校歌のカラオケテープのスイッチをオンにする。
♪朝日輝く 生駒の峰に 平和日本を 打ち立てようと 学びに励む 若人我ら 仲良く 真面目に 元気よく 希望あふれる 我がF校~校歌斉唱に続いて、国歌斉唱。又、行進曲が流れて全校生徒は、各自の教室に入っていく。朝礼は終わる。
勲はスタンドマイクを仕舞い、放送機器の電源をすべて切り、放送室に鍵を掛け、鍵を職員室の所定の場所に返し、教室に向かう。
放送部は五年生の担当で、四人しか居ない。勲は児童劇団に居たということで、責任者を任ぜられた。「級長より、こっちの方がおもろいなぁ…」勲は放送部に、嵌まった。朝礼の後片付けをするので、一時間目の授業が始まってから、教室に行けばいい。これに勲はうま味を覚えた。「一寸ぐらい遅れても、ええんや」実際、勲は築山の池の鯉に紙切れを丸めた疑似餌をやったり、ウサギ小屋の兎に新聞紙を喰わせたりの悪戯をしてから、教室に向かう。
五年生になった勲は、村瀬登と仲良くなる。
あの逆転満塁サヨナラホームランを打った、にっくき気、敵だ。登の家は、勲の家を西に行き、左に曲がった地蔵を祀った祠の横の長屋の一軒目にある。勲の母が遊んではいけないと釘を刺した、長屋の悪である。斜め向かえが有沢農機だ。勲の遊び相手は、有沢幸男から村瀬登にシフトする。それには訳がある。
愚図愚図と酔いしれて…【068】
登は勲にとって、幸男と全く対極の友人だ。
登は青洟をすすり、自分のことを「わし」と言う。「おっさんみたいで、おもろい奴や!」登との出会いで勲は又、以前のような悪戯を考え出す。登の住む長屋には年下の小学生が何人か居る。その下級生をいじめる。
登の家の前の地道がコンクリートに舗装される。その為の砂があちこちに積み上げられている。放課後、勲と登は砂山に落とし穴を掘る。その中に二人で小便する。そして穴の上に新聞紙をかぶせ、その上に砂をうっすらと撒く。落とし穴の完成だ。後は下級生を誘い出し、言葉巧みに落とし穴に導く。ドサッ!穴に膝小僧まで埋まる。ズック靴は、小便で濡れる。
かんしゃく玉とパチンコを駄菓子屋で手に入れる。パチンコは小石を玉にして、空き缶などを的に射る。その小石を、かんしゃく玉に換え、下級生の頭に射る。パン!頭で破裂する。
そんな悪戯がライオンの耳に入り、勲と登は職員室に呼び出された。「お前ら何で職員室に呼ばれたか分かってるやろな?」「わし、知らん」登は三年、四年も杉山学級だったので杉山に気安くものを言う。「藤田は?」「分かりません」「ほう、二人とも白を切るつもりやなあ…昨日、お前ら砂場で…」「落とし穴作って、しょんべん入れよ言うたんは藤田や!わしは知らん」登のボケ、汚いやっちゃ!この裏切り者め!「それにパチンコで…」「それも、こいつが考え出しよったんや!」悪のくせに、小心者だ。主導権は、握った。
しかし……翌日の授業から勲と登は、杉山の机の両側に、生徒の方を向いて座らされる破目となる。
しかし勲は、この特別席がおおいに気に入った。先生が黒板に向かっている時、あっかんべえ~とか、ひんがら目をして生徒を笑わせる。教室内は大爆笑、先生が振り返ると同時に黒板のほうを向き、ノートに筆記する。登との息はピッタリだ。こうして、勲と登はしばらくの間、特別席で授業を受ける事となる。
愚図愚図と酔いしれて…【069】
五月の或る土曜日の放課後―。勲は下校する同じクラスの友人を十数人誘い〝デモごっこ〟を始める。横に三人並びそれぞれ腕を組み、縦に四列の隊形を作る。勲が先頭を切り、叫ぶ。「安保、反対!安保、反対!」それに呼応して、全員が唱和しながらデモ隊は、ジグザグ行進する。「安保、反対!安保、反対!」
【戦い】―日米安保条約の改定は、日本列島を揺り動かしていた。それは戦後日本の歴史の大きな転換点であった。条約改定阻止の統一行動は、昭和三十四年四月十五日から翌年十月二十日まで、二十三次におよび、参加者は警視庁調べだけでも、デモ五三五〇ヵ所四二八万人、一般集会六三〇〇ヵ所四五九万人、スト職場集会八万六八〇〇ヵ所七〇六万人、警官の延べ動員数九十万人、検挙者八八六人を記録した。
昭和三十五年六月十五日―この年の第二波統一行動の国会デモには、全学連主流派九四〇〇人、反主流派九六七〇人が参加。南通用門から国会へ入った主流派は警官隊と対峙。一触即発の事態の末、警察隊は警棒でデモ隊を急襲。大混乱の中で東大生・樺美智子が死亡する。負傷者は学生・一般人も含めて一〇〇〇人を越す。
石原慎太郎・原作 石原裕次郎・主演映画『青年の樹』は、この学生運動も描いている。勲は次の年『青年の樹』を映画館で観て、涙す。
四日後の六月十九日午前〇時、日米新安保条約は参議院議決を経ないまま、自然承認。二十三日、条約は発効する。
十年後の『70年安保闘争』に、団塊の世代が国家と対峙する事など、勲が知ろうはずが無い。
家のテレビで安保反対デモのニュースを目にしていた勲は、これを遊びに取り入れた。〝デモごっこ〟の一部始終を、ライオンは職員室前の廊下から目撃していた。
愚図愚図と酔いしれて…【070】
週明けの月曜日、朝礼の後片付けを終えた勲は、教室に入り特別席に着く。室内がやけに静かだ。登もうつむいている。「藤田、お前先週の土曜日の放課後、運動場で何しとった?」「……」急に言われても分からない。ライオンは〝デモごっこ〟の主犯、勲に罰を執行する。登は参加していなかった。
勲は、自分の机と椅子を廊下に出し、それらを三組の教室の前に運ぶ。三組といえば、あの山本操のクラスだ。「どないしょ…」後の祭りだ。三組の尾藤という教諭は、杉山に次いで怖い教諭だ。石原裕次郎かぶれで勿論、頭は《慎太郎刈り》だ。三組には、あのマッカも居る。マッカの話だと尾藤は悪戯をした生徒には「目をつむれ、歯をくいしばれ、両足を開け」と号令を掛けて、往復ビンタを張るという。その尾藤と杉山が廊下でヒソヒソ話を交わしている。相談成立、勲は一週間、三組でも特別席で授業を受けることとなる。操の視線は冷ややかだった。「もう、終わりや…」勲の一方的な初恋は、終わった。
怖い先生と言っても、杉山と尾藤は根本的に違いがある。尾藤は勲から見ると裕次郎かぶれの、ええカッコしい。杉山はどことなく愛嬌がある。髭が濃いので剃っても頬はザラザラ。その髭面を男、女、誰彼構わず捕まえては、頬に擦りつけて来る。生徒の頬は真っ赤になる。それが嫌で生徒は杉山の顔を見ると、逃げ惑う。先生と生徒の鬼ごっこ。これが結構愉しい。又、チョーク投げの達人だ。教壇で授業をしている時などに余所見ををしている生徒がいると、短くなったチョークを一直線に投げる。百パーセントの確立で的を射る。生徒が一番恐れているのが、杉山の「サンドパンチ」だ。頭の両方のこめかみに、両拳の真ん中指のとんがりで、左右同時にガツンと打つ。涙が出るほど痛い。重罰の生徒はさらに両拳で、こめかみをグリグリやられる。この時代、鉄拳を振るう教師はざらに居たのである。体罰は当然と親も納得していた。
ライオンは嘘も教えた。ビスケットのカサカサした食感は、細かい砂を混ぜてある、と。
【一挙掲載版】其の八
【連載】は…まだまだ続きます!ご愛読頂ければ幸いです!


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