愚図愚図と酔いしれて…【一挙掲載版】其ノ弐
愚図愚図と酔いしれて…【011】
この見よう見真似のインキの調合を「お医者さんごっこ」に、勲は採用したのだ。家の斜め向かいに、キヨちゃんという三つ年下の女の子がいた。その女の子に限らず勲の家には、よく子供が遊びに来た。というのも印刷工場というのは、巨大な輪転機や材料の巻き取り紙、そして仕上がった印刷の紙の束を収納する倉庫や工場が必要である。百五十坪の三分の二は工場と倉庫が占領していた。その中の工場は輪転機三台が稼動していて、子供には危険地帯。うす汚れた壁のあちこちに『注意一秒 怪我一生』と書かれた、標語の短冊紙が貼られている。ところが倉庫は子供たちにとっては、格好のかくれんぼの遊び場だ。
勲の遊び仲間三人と、そのキヨちゃんを加えて、かくれんぼをしているうち、誰が言い出したでもなく、遊びの流れは『お医者さんごっこ』へと移った。そんな名前すら知らない遊びに勲たち男の子が誘い込まれたのは、たぶん、倉庫内のかくれんぼというシチュエーションにあった。高く積み上げられた巻き取り紙や印刷済みの紙の山。その隙間の小さな空間に独りぼっちで息を潜めて、隠れる。鬼に見つかったら負け。何とも言えない緊張感。おしっこちびりそう。ちんちんの辺りが疼く。「なんでやろ?」しかも、何処かに女のキヨちゃんが居る。何か秘め事のような、かくれんぼ。この先どうする?てな、具合ではなかったのか。
勲は前栽に入り、南天の葉っぱ一枚を『お医者さんごっこ』の道具に千切って来る。そして一本の木の切れ端に、インキの缶々四つ。キヨちゃんは、何が何だか分からない顔でお尻を出している。勲はインキの蓋を開け木の切れ端で、四色のインキを葉っぱの上で色を調合する。それをキヨちゃんのお尻のキャンバスに、塗りたくっていく。その刹那―「これや、これや、この鼠色や!」と叫ぶ勲の声と同調して、キヨちゃんの泣声が倉庫中に響き渡る。 家の前の木の盥(たらい)に水を張った中にキヨちゃんは泣きべそをかいて、素っ裸でしゃがみ込んでいる。「一体何をすんねん、あの子らは!」キヨちゃんのお母さんが怒りながら、束子でお尻のインキを落としている。水と油―、お尻の鼠色は一向に落ちないで、段々と広がって行く。束子でゴシゴシやられたお尻の肌のピンク色と鼠色が一体となって奇妙な〝新色〟へと変貌して行く。その様を見て心の中で、勲は呟く「お父ちゃんに、この新色のこと教えたげなアカンなあ…」と。この一件以来、勲は半年間、倉庫への入庫を厳禁された。又、物心ついたキヨちゃんは通学の時など、勲の家の前を迂回して通る様になった。
愚図愚図と酔いしれて…【012】
次なる遊び場は、家の周りのあちこちにある田圃。この田圃の田植え前が又、格好のエンジョイ・フィールドと化す。駆けっこや三角ベースのソフトボールなんぞは、ガキの遊び。勲たちがやるのは『2B糞爆』。
近所の駄菓子屋なら、どこでも2Bという爆竹を売っている。長さ五センチ、直径二センチの本体に、三センチ程の導火線装備。この兵器は、かなりの破壊力である。『2B糞爆』遊びは、一種の肝試しでもある。田圃の中には、犬の糞があちこちに点在している。日の経ったもの、まだ新しいもの、黒い糞、黄色い糞と様々だ。その目標に2B弾を差込みセットする。マッチで導火線に点火し、一目散に撤退する。三秒後、犬の糞は四方八方に飛散する。逃げ足の遅い奴は糞の雨の洗礼を頭や服に浴びる事と相成る。実に単純で馬鹿々々しいのだが、これが面白い。この遊びのバチが当たったのか?
「勲、明日、お前の大好きな蓬餅作ったげるさかいに、三角池行って蓬、取っといで」。
二年生に上がった春休みである。勲はこの蓬餅が大好物だった。もち米を蒸し、その中にゆがいた蓬をみじん切りにして入れる。それを石臼で餅に練り上げる。小餅に成形された中には、母自慢の特性の小豆の餡子が入る。こんなにも美味いものが、この世の中にあるのかと勲はいつも思う。それが明日、食べられる。ままよ三度笠…勲は二軒隣りの三つ年上のケンボウと、裏の同級生のマッカを誘い自転車で三角池を目指す。
三角池はH区の東に位置するF市に入った畑の中に、ポツンと水を湛えている。この池に限らず、勲の遊びのエリアには野池が方々にある。それらのいずれもが、空襲で出来た1トン爆弾の穴に水が貯まった、言わば〝人工池〟である。大阪砲兵工廠跡地といい、三角池といい、勲の遊び場は終戦から十年経った今でも、戦争の爪跡が残っている。【戦い】―。しかし、その爪跡は、戦争を知らない子供たちにとっては、遊び場でしかなかった。この三角池は、近所の子供たちの鮒釣りのメッカである。勲の竿は竹藪の竹の枝を切り落とした自家製。糸は天蚕糸(てぐす)ではなくタコ糸。何でもタコ糸だ。針は仲間からの頂き物。餌は赤虫でもミミズでもなく、メリケン粉を水で硬めに練ったものを、正露丸の粒位に丸めた自家製。すべてタダ。こんな仕掛けで釣られる鮒は、勲に言わせれば「アホや!」。今日も春休みの子供たちで賑わう。しかし、勲たちが目指すのは、池の向こうに広がる畑の畦道に自生する、よ・も・ぎ。自転車を先に降りたケンボウとマッカは、すでに収穫に取り掛かっている。遅れじと勲は歩を進める。「ウッ?地べたが変にやらかいでぇ…」条件反射のように勲はジャンプした!着地した!ゴボゴボ…ッ…ゴボッ…。「なんで地べたが沈んでいくんや?」・・・ゴボ~ッ!それは、ばばたんこだった。運よく手すりにしがみ付いた。「ばばたんこや!ケンボウ、マッカ助けて~っ!」。勲はウンコに首まで浸かった状態で泣き叫ぶ。二人はその様を、まるで汚い者でも見るかのような眼つきで、見下ろす。失敬な奴らだ!年上のケンボウが答える「勲、じっとしとれ!今すぐ、おばちゃん呼んで来たるさかいにな!」
愚図愚図と酔いしれて…【013】
行くな、行くな!僕を救出するのが先やろ!泣き声で言葉にならない。あろうことか、マッカまで僕を見捨ててケンボウの後を自転車で逃げて行く。友情もこれでお終いや。見とれよ、今に仕返ししたるさかいにな!全て勲の心の中の叫びである。勲は、ひたすら泣き叫んでいるばかり。「助けてくれ~っ!」鮒釣りの連中に勲のSOSは、届かない。
「うえ~ん、うえ~ん…」春のやわらかい陽ざしの下、勲はまるでフランケンシュタインのように、両手をだらりと下げ、足元に糞尿の滴を垂らしながら、トボトボと足を引き摺って、ひたすら家を目指す。パニックのあまり、自転車で来たことすら脳裏にはない。それとも、褒美で買ってもらった自転車を汚すと、ばばたんこにはまった事と合わせて母に叱られると思ったのか。重い足取りで三十分、ようやく家に辿り着く。しかし、その道程は、決して安穏としたものではなかった。泣きながら家路を急ぐ勲の滑稽な歩みは、近隣の町工場の若い職人らにとっては格好の野次の対象となる。「あいつアホや!ばばたんこ、はまりよったんや!臭っさあ…近か寄んな、あっちゃ行け!」なんかしとんねん!くそ田舎から集団就職で大阪に来た、田舎もん!はよ田舎帰れ!おまえらこそ、田舎くさいわ!ア~ホ~…。泣くばかりで声にならない。
ジャージャージャー、父ですら勲に近寄らず、表で勲を立たせたままホースの水で服に纏わりついた糞尿を流し落とす。「こんな恰好、キヨちゃんに見られたらどないしょ…」日頃のやんちゃ坊主も形無しである。「そやけど、お母ちゃん居てんでよかったあ…」。勲の母は躾や言葉づかいに、とても口煩い。例の倉庫での『お医者さんごっこ』で半年間の〝倉庫立ち入り禁止令〟を出したのも、母である。もとはと言えば、蓬餅をつくる材料の蓬取りに行かせたのは母である。そのお使いに行ったとはいえ、なんと言う勲の失態ぶりか。この哀れな姿を母に見られたら、どんな雷が落ちることか。その点、父は優しい。「お母ちゃんは今日、近所の婦人会のおばちゃんらと歌舞伎座へ芝居観に行ってるさかいに、内緒にしとこ。早よ服脱ぎ、お父ちゃんがどこぞに片付けといたるさかいに…」。
パンツ一枚という姿で父と表に出る。そんな格好で道を歩いていても誰一人として奇異な視線は寄こさない。下町のいいところである。午後三時、銭湯が開く。勲の家には当時としてはハイカラな、タイル張りの風呂が有る。心優しい父といえども、野壺に嵌まった身を内風呂には入れたくない。そこで銭湯である。勲の体は銭湯の大きな湯船のおかげで、もとに戻ったが、この後入る客は、知らぬが仏である。
『野壺落下事件』は、母のあずかり知らぬ〝迷宮入り〟と相成った。勿論、次の日、勲は母特製の蓬餅の相伴にあずかった。
愚図愚図と酔いしれて…【014】
「ほうこけ」雑木林の得体の知れないものの鳴き声は、相変わらずである。勲が二十数年間、春先になる度にやろうと思っていたアルバム整理は、一枚のお宮参りのセピア色の写真によって、昭和三十年代に戻り、フリーズした。現代(いま)に戻り、書斎の机の上には二冊目に古いアルバムが開かれている。整理はいつ始めるのだ!
右端の下の写真は、ベレー帽を被り、高価そうなモヘヤ地のダブルのジャッケットを着、口元に笑みを浮かべた勲のポートレートである。場所は東京・新橋演舞場の楽屋である。
窓から斜め下に拡がる住宅地をぼんやりと眺めながら、勲は、煙草に火を点ける。フウーッと紫煙を吐き出す。その煙の中に、スライドを照射したかのように時が又、遡る。
『拙者親方と申すは、お立会いの中に、御存じのお方もござりましょうが、お江戸を発って二十里上方、相州小田原一色町をお過ぎなされて、青物町を登りへおいでなさるれば、欄干橋虎屋藤衛門只今は剃髪致して、円斎となのりまする。元朝より大晦日まで、お手に入れまするこの薬は、昔ちんの国の唐人、外郎(ういろう)という人、わが朝へ来たり、帝へ参内の折から、この薬を深く籠め置き、用ゆる時は一粒ずつ、冠のすき間より取り出だす。依ってその名を帝より、とうちんこうと賜る。即ち文字には「頂き、透く、香い」とかいて「とうちんこう」と申す。只今はこの薬、殊の外世上に弘まり、方々に似看板を出し、イヤ、小田原の、灰俵の、さん俵の、炭俵のと色々に申せども、平仮名をもって「ういろう」と記せしは親方円斎ばかり。もしやお立会いの中に、熱海か塔の沢へ湯治にお出でなさるるか、又は伊勢御参宮の折からは、必ずお門違いなされまするな。お登りならば右の方、お下りなされば、左側、八方が八つ棟、表が三つ棟玉堂造り、破風には菊に桐のとうの御紋を御赦免あって、系図正しき薬でござる。』
この「外郎売りの台詞」は、歌舞伎十八番の一つで、享保三年(1718年)江戸森田座の「若緑勢曾我(わかみどりいきおいそが)」で二世・市川団十郎が初演。滝のような弁舌で言い立てをしたことから、評判になった演目の一場である。今でも俳優を志す人が必ず行う、早口言葉のテキストになっている。先の台詞は、その冒頭の一部分である。全部言い終わるのに、どんなに頑張っても四分近くかかる。それを勲はやってのける。勿論、小学二年生には意味不明のチンプンカンプン。全部平仮名の丸暗記。
愚図愚図と酔いしれて…【015】
『野壺落下事件』のあったあの春休み、勲と四つ年上の兄は「こびと座」という児童劇団の入団試験を受けさされた。【戦い】―。勿論、二人の意思ではない。母の独断である。母の雅子は、早くに長男、長女を失ったことから、残る子供たちには親として何かしてやりたいという、気負いがあったようである。大正二年生まれの雅子は、女学校に入り将来は女医になることを夢見る少女だった。しかし、家が貧しかった雅子は、尋常小学校を出るとすぐに、件んの「藤田家」の養女に出された。そして、謹厳実直で腕の立つ印刷職人で、これ又、藤田家に養子として入った孝義と結ばれる。
次男は、浜寺水練学校、バイオリン、フィギヤースケート。次女は、モダンバレー。三男は、ボーイスカウトに。そして、四男と勲は児童劇団。この流れを見ると雅子は、相当のハイカラな気質を備えた女性である。
劇団の入団試験とはいっても、合否の基準は童話の朗読だけである。よほどの下手でない限り、誰でも簡単に入れる。兄弟は晴れて?合格した。
『あめんぼ赤いな あいうえお
浮き雲(も)に 小えびも浮いている
柿の木栗の木 かきくけこ
きつつきコツコツ 枯れケヤキ
ささげに巣かけて さしすせそ
その魚(うお)浅瀬で刺しました』
北原白秋 作 「あめんぼの歌」である。劇団の生徒に初めて課されるのは、この歌を大きな口を空けて大声での合唱である。劇団は幼稚園児から小学校低学年、高学年の三クラスに編成されている。週三日の劇団通いが始まった。兄は別として勲の生活は、激変した。何故、激変か?それまでのように近所の仲間との、心ときめく縦横無尽に暴れまわる遊びとは、おさらばだ。月・水・金の学校が終わってからの劇団通い。自宅から兄と一緒に市バスに乗って、二区間(二駅ではなく二つの区間)片道五十分の道のり。勲には海外旅行に思えた。
只、うれしかったのは、母に牛皮製の定期入れを買って貰ったことである。百貨店で母が選んだ定期入れの色は、黄土色。勲の好み等、受け入れられない。「ばばたんこの色や…」小さなショックが勲の胸に走る。
小学二年生の勲の行動範囲なんて、たかが半径四キロ程。それも一キロ以上は自転車に頼る。それが片道五十分。バスに乗車する時、女性車掌に牛皮製の定期入れを指し示す。二区間乗り継ぐのに二回、見せる。まさにパスポート気分の海外旅行だ。劇団のレッスンを終えて自宅近くのバス停に着くのが、夜の八時半近く。バス停の横に『ふじや』という大衆食堂がある。父や職人達が残業する時、母が夜食に出前を注文する店である。晩御飯抜きの兄弟の腹の虫が鳴る。「お母ちゃんには内緒やぞ!」。親に内緒の行動は、『野壺落下事件』以来だ。胸が痛む。
愚図愚図と酔いしれて…【016】
暖簾をくぐって席に着く。この時間、客はまばら。「おばちゃん、肉うどん!」もう、兄は注文している。「兄ぃちゃんは、何回かこの店、来とるな…」「勲、何にすんねん?」「ぼくも肉うどん!」真似し漫才、米屋の乞食―である。出てきた肉うどんは、牛肉とネギ、玉葱が丼鉢の上に鎮座している。牛肉のすき焼きなんぞは、月に一回も勲の家のメニューには載らない。その牛肉が美味そうに、乗っている。ズーッ…出汁も旨い。ズルズル…麺もうまい。ムシャムシャ…肉が、これ又、美味い!こんな美味いもんが、この世にあるのか。勲にとっては、母の蓬餅に次いでの驚きである。食べ終わると兄が勲の耳元で囁く。勲は言う「おばちゃん、付けにしといて!」。これに味をしめた勲は、兄が欠席した劇団の稽古を終えた或る夜、ひとりで『ふじや』に立ち寄った。前のパターンそのままに、肉うどんを食べ「おばちゃん、付けにしとて!」と、店を出た。おばちゃんが後を追って出てくる。「いさちゃん、お客さんの居てはる時に、付けにしといて言うたらアカンねんで」「なんでアカンのん?」「そやかて、ほかの人も付けにしたら、おばちゃんとこ、日銭入らへんようになるがな」「ウム……ほな〝節季〟にしといて!」
「俺がさあ、米軍の立川基地でさあ、ジャズバンドでテナーサックス吹いていた頃にさあ…」「わたくしが韓国のKBSで、日本語放送の校閲委員をしていた頃にですなあ…」「僕が記者時代に、うちの新聞社が田中角栄の『日本列島改造論』を出版したんやけど、その頃はやなあ…」まるで会話が成立していない。
元ジャズのテナーサックス奏者、谷垣勝。元OBSラジオ・プロデューサー、本山正継。元、経済新聞社デスク、遠山隆志。放送作家、藤田勲。谷垣、六十歳、本山、七十二歳、遠山、五十六歳、勲、同五十五歳。
大阪市T区とK区の境界をたゆたう大川。その北の川原に建つマンション8階の一室に、『イサオ・プロダクツ』は在る。平日の午後四時過ぎというのに、四人のおやじ達は早くも、酔っている。この四人はフリーターである。谷垣と本山は世間的には、もう定年退職者。遠山と勲は流行りのリストラ宣言を受けた、バリバリの団塊の世代。
団塊の世代は、その規模の大きさから、戦後の日本社会にさまざまな影響を与え続けてきた。60年代末から70年代初めにかけては『全共闘世代』として学生運動の中心であり、就職後は『会社人間』『企業戦士』に変身して高度成長の原動力となった。郊外にマイホームを建て、核家族化が進む。バブル経済の崩壊後は、リストラや賃下げ対象になった。その団塊の世代が2007年、一斉にリタイアさせられる。その数683万人。五十代半ばでフリーになった遠山と勲は〝団塊リタイア〟の先駆者なのだ。
この四人が何故、昼から酒盛りを始めているのか。一昨日から大阪造幣局の『桜の通り抜け』が始まっている。『イサオ・プロダクツ』のベランダからは、桜の通り抜けの花見客でごった返す公園が見下ろせる。早い話が桜と花見客を酒の肴にして、花見酒の宴に興じているのである。焼酎のオンザロックがすすむ。「アホちゃうか…人いきれの中で桜観て―なにが己の桜かな―」勲も酒が回っている。
愚図愚図と酔いしれて…【017】
昨日の酒がまだ残っている。一階のリビングルームに降り、冷蔵庫を開け、サッポロ黒ラベルの中瓶を取り出し、栓を開け、小ぶりのクリスタルグラスを手に又、書斎に向かう。何故、先の四人のおやじ達が『イサオ・プロダクツ』に集っているのか?話せば長~い長~い物語となる。
谷垣勝。昭和十九年、岡山県の小さな山村に生まれる。谷垣は二十一歳の時、すでにジャズのビッグバンドのテナーサックス奏者として、身を立てていた。十八歳のとき岡山から上京し、立川の米軍キャンプでバンドボーイとしてテナーサックス奏者を志していた。三年後、谷垣は、香港やシンガポールの一流ホテルのディナーショーのバックバンドの一員として、名を馳せていた。ある夜のショーは世界的人気歌手、ディーン・マーティン。
オープニングは『モナリザ』。1933年に開催された、シカゴ万国博覧会のテーマ曲である。70年の大阪万博の♪こんにちは~こんにちは~世界の~国から~ こんにちは~こんにちは~桜の国へ~とは、えらい違いだ。2曲目は『思い出のサンフランシスコ』これ又、サンフランシスコ万博のテーマ曲。♪1970年の~こんにちは~えらい違いだ。その後もジャズのスタンダードナンバーのオンパレード。ショー前半のラストは『EVERYBODY LOVE SOMEBODY SOMETIME』間奏はテナーサックスのソロ。谷垣は立ち上がり、体をスウィングさせる。ホールは万雷の拍手。ディーンも左目のウィンクを谷垣に送る。
シンガポールでの谷垣は、我が世の春だった。酒と女とクスリ、やりたい放題。高額のギャラで買った車は、オースチン。昼過ぎに目覚め、シャワーを浴び、素肌にオーデコロンを塗り、青いシルクのYシャツを着、オースチンのキーをポケットに、ホテルの部屋を出る。ステージは夜の9時。女とは、いつもの中華料理の店で待ち合わせ。海岸沿いのメインストリートを走るオープンカーの風が、心地いい。ランチを食い、ホテルの部屋でのクスリとセックス…。5年間の生活で、谷垣は体を壊した。
日本に帰り、姉の住む東大阪市の家に居候する。半年間はブラブラした生活を送る。静養も兼ねての風来坊生活。体力に自信を得た谷垣は、昔のバンド仲間のツテを頼って、女性タレントのマネージャーに納まる。音楽業界とテレビ業界、戸惑いは無い。このタレントは大阪万博のリポート番組でのリポーターぶりが、某テレビ局のやり手プロデューサーの目に留まり、全国ネットの顔になっていた。
谷垣はM放送の子会社プロダクション、F映画制作の入居しているビルを、タレントと共に訪れた。M放送の人気旅番組のリポーターの仕事が飛び込んだ。その打ち合わせだ。ここで谷垣勝は藤田勲と、始めて顔を合わせる事となる。二十二歳の勲は『民家の旅』という三十分番組の制作進行の職に就いていた。
愚図愚図と酔いしれて…【018】
小学二年生の春、児童劇団に入った勲はその後、幾つものオーディションを受けた。他の劇団員との【戦い】―。
入団して一年―。勲は小学三年生に上がっていた。今日もオーディション。八人の子役がオーディションを受けている。「おっ父!」父親役の、渋谷天外の腰のあたりに向かって走り、抱きついて、号泣する。ただ、それだけ。勲の番が来た。「おっ父!」あの雨の日、母にそうしたように勲は、抱きついた。勲が子役の座を射止めた。「一番、強ようにぶつかって来よった…」天外は微笑んでいる。
中山正志 作
舘直志 劇化
村山知義 演出
馬喰一代
グーッとビールを一気に飲み干す。美味い!二日酔いには迎え酒がいい…。
勲の手元には、薄茶けた古い、一冊の台本がある。書斎に蔓延している紫煙に映し出されていた、遠い過去の映像が、現代(いま)に甦っている。アルバムの右端下の写真―。児童劇団「こびと座」に入って一年、勲の初舞台は東京・新橋演舞場の『馬喰一代』だった。
台本表紙の右肩の舘直志は、渋谷天外の劇作家ネームである。松竹新喜劇を率いる渋谷天外。人情芝居を演じさせれば東西一。彼はユーモアと涙溢れる、後の新喜劇十八番(おはこ)となる"親馬鹿、子馬鹿もの"を大ヒットさせた。喜劇の大御所・藤山寛美、育ての親でもある。劇作家ネームの舘直志は〝立て直し〟の洒落に違いない。
『馬喰一代』・・・・・
大正末期の北海道、北見―。馬喰(ばくろう)の米太郎は女房が難産で死んでしまった日、近所の呑み屋で失意のあまり、大酒を喰らい店の客らと大喧嘩してしまう。その挙句、酌婦のお雪に急所を蹴られ、寝込んでしまう。この一件以来、米太郎は酒も博打も止め、残された赤子、太平を男手ひとつで育てる。数年後、その甲斐あって、小学校に入った一人息子太平は、成績もクラス一番の子供に育つ。太平を日本一の馬喰に育てる夢を持つ米太郎は、新天地を求めて留辺蕊(るべしべ)の町へ移る。腕のいい馬喰、米太郎に高給を出して雇うという大牧場の主人が現れる。その主人が、北見馬喰の誇りを捨て金欲にのみ走る、昔馴染みの六太郎と知って断る。
米太郎の暮らしは苦しいが、太平だけが生き甲斐だった。太平はこの町でも優等生だった。担任の津田先生に「子供の意思を無視して馬喰にするのか!」となじられ激怒した米太郎も「太平にもお母さんが必要だね…」と言う先生の言葉は、胸に応えた。そんな折り、米太郎は、お雪と再会する。そして、お雪に求婚するも断られてしまう。
長い、旅馬喰から戻ってみると、家ではお雪と太平が中睦まじく米太郎を待っていた。お雪の強い願いから、米太郎は太平の中学進学に同意する。学資として売ろうとした馬が病気になり、米太郎はとうとう六太郎から金を借りてしまった。しかも、道庁長官の金盃を争う馬市の日、審査員の一人だった米太郎
は、六太郎に買収されて家で寝ている始末だ。そこへ、お雪が百円の札束を持って米太郎を叩き起こし、会場へ飛んで行けと怒鳴った。母の形見の懐剣を売ってきたのだ。
春が来た。中学に入学する太平を駅まで送って帰った米太郎は、激しく喀血するお雪を見てハッとした。お雪の最期の時が来たと悟った米太郎は、馬を駆って太平の乗る汽車を追った。「忘れるな、ちゃんとした競走馬じゃぞ!」と、叫びながら・・・・・
愚図愚図と酔いしれて…【019】
米太郎が渋谷天外、太平(幼年期)が藤田勲。
太郎 「米太郎 米太郎 居らんのかい…太平 太平…」
馬小屋の方から太平が出て来る
太郎 「オイ太平 お父さんは?」
太平 「おっ母ァつれて教会へ行った」
太郎 「ふ~ん 教会へ参ったか それでお前一人、留守番か」
太平 「う~ん」
と、馬小屋の方見る
太郎 「誰ぞ来てるのか?」
馬小屋の方から松沢出てくる
松沢 「オッ 目くされの太郎か」
太郎 「雪 えらい降り出したのう お前留守番か?」
松沢 「オウ 今朝 道で米太郎に会うたら 馬がお産する気配が
見えてきたが女房は病人 太平はまだ子供 俺一人でどうにも
仕様がない 手伝ってくれと頼まれてな まあこっちへ来い」
と囲炉裏へゆく
松沢 「太平よ 今の藁 馬小屋へ入れとけ」
太平 「うん」
と太平 馬小屋の方へ去る
太郎 「お雪 大分 悪いらしいな」
松沢 「医者に もう手当てしても無駄や諦めと言われてから米太郎
お雪を背負うて教会へ参ってるのやが…」
太郎 「拝んで治るか?」
松沢 「気休めや…お雪 気ぃの方も触れとるらしいしな…」
舞台 暗転
スクリーンに雪の激しい映像 出現
太平 「おっ母ァ おっ母ァ!」
お雪 「あヽ雪が 雪が…」
と立つ オロオロする太平にかまわず
お雪 縁側へ行き〝雪が雪が〟と呟きつつ
裏庭へ行く
太平 「おっ父!おっ父!来てくれぇ おっ母ァが おっ母ァが……」
米太郎 つづいて松沢出る
米太郎 「どうした太平 あヽお雪は?」
太平 「裏庭へ 行った」
米太郎驚いて行かんとする 太郎が出てくる
太郎 「オイ 何をしてる お産が始まる 米太郎 来てくれ」
と言い捨てて去る
米太郎 「松沢 お雪を頼む」
松沢 「よし!」
と飛んで行く
米太郎 馬屋へ行きかける
ハッと太平を振り返る
太平 「………おっ父!」
と太平 駆け出し
米太郎にしがみ付いて泣きじゃくる
太平 「おっ父 おっ父!」
米太郎 「泣くな 泣くな太平! 太平 た た 太平ぇ~!」
と 連呼する
風音
◎それにかぶせてキネの雪の流れ その流
れが段々早まって 目まぐるしいまでに
速度が昴まる
舞台中央で、みすぼらしい冬物の着物に、綿入れのチャンチャンコ姿の太平を米太郎が、しっかと抱きしめている、一枚の写真―。勲はもう一本、煙草に火を点ける。フウーッ…「台詞、こんだけか?」子供の頃の距離感・容積・体積などの体感が、大人になってからは、ちっぽけに感じることがある。しかし、いかに年月が経ったとはいえ、台詞の数が変わろう筈が無い。ビールをグラスに注ぎ、又、一気に飲み干す。フーッ…。まだ、午前八時過ぎ―閑静な住宅地を書斎の窓から見下ろしながら、勲は紫煙を吐き出す…。勲が、ここ奈良市学園前に移り住んだのは、三十三歳の時である。この経緯(いきさつ)も話せば長~い物語となる。
愚図愚図と酔いしれて…【020】
勲は三年生に上がってからの一年間、三分の一も学校に通っていない。新橋演舞場の次は、名古屋の御園座、暮れの大阪・中座。この他、大阪千日前の歌舞伎座でのミヤコ蝶々・南都雄二との舞台。同じく、蝶々・雄二主演の大阪テレビ(今の朝日放送)のバラ劇場『月と子供』の子供役と、勉強なんてしている暇がない。まるで旅役者だ。児童劇団の団長も世間体を気にしてか、勲の母に「公演中は、家庭教師を付けますので、ご安心下さい!」「そんなん、先生、気にせんといて下さい!」社交辞令。実際、勲は新橋演舞場と御園座公演では、家庭教師どころか勉強なんてしたためしがない。一応、教科書は持参していたが…。他の子役も同じだ。子役は合わせて四人いた。『馬喰一代』太平の少年期の森田君、幼年期の勲、現代劇『おじいちゃんの飛行機』の兄弟役の中島君、小浜君の四人。子役たちは演舞場近くの旅館での合宿生活。行ったことはないが、毎日が修学旅行気分だ。付き添いは「こびと座」の女性マネージャーと勲の母。中島君は母が居ない。そこで、他の三人の母親が輪番制で子供の面倒を見るというシステムだ。或る休演日―。子供四人と母、五人連れ立って水道橋の後楽園遊園地へ。大観覧車にジェットコースター、メリーゴーランドにコースター。コースターは全員が初体験。中に入る。そこはドラム缶を半分に切ったようなデカイ円筒形のスペース。アナウンスの声が響く。「皆様、本日は後楽園遊園地にようこそお越し下さいまして、誠にありがとうございます。只今よりローターが回転いたします。皆様、体を大の字にして壁に背を当てて下さいませ」全員、体を大の字にする。ローターの内側にはビニールのネットが貼り付けてある。「皆様、準備はよろしいでしょうか?コースター・ゴーッ!」グワン~グワン~グワン~徐々にローターは回転速度を上げていく。グワン~グワン~グワン~その刹那、ナ・ナ・ナント、床がスルーッと奈落へ降りて行く…。体といえば、ローターの遠心力で壁にピターッとへばり付く。ヒェ~ッ!場内は大絶叫の嵐。何の事はない、ローター内は洗濯機の脱水状態である。外に出る。五人とも真っ青、まだ目が回る。「東京いうとこは、怖いとこや…」勲は呟く。
その日の夕食は、ビフテキ。それも銀座『スエヒロ』だ。この店の支配人が以前、勲の家で経理として働いていた、と母は言う。だから安くビフテキを食べさせてくれるらしい。母が「やぶさん」と呼ぶ支配人に会釈を送る。
ビフテキ…なんという言葉の響きだろう。すき焼きとは又違う、何かアメリカンチックな、ビフテキ。熱々に焼きしめられた鉄板の上に、デーンと誇らしげに位置を占める、ビフテキ。周りのポテトやにんじんに目は向かない。網膜の裏に焼き付く映像は、ビフテキ。分厚い肉の上のバターがトロ~と溶け、肉の側面を伝って鉄板に滴る…ジュ~ッ…もうたまん!「なにしてんのん勲、はよ食べ!」
このスエヒロの常連客が我らがヒーロー・力道山。一回の食事で二キロのビフテキ三枚をペロッと平らげる。「そやないと、シャープ兄弟とか吸血鬼・ブラッシーとかルーテーズを空手チョップで退治でけへんわなぁ」と、勲は思う。戦後十二年も経っているというのに日本プロレス界は、今だ〝鬼畜米英〟である。【戦い】―。小柄な力道山が、肉食動物に見える胸毛もじゃもじゃの大男を伝家の宝刀・空手チョップでバッタバッタと薙ぎ倒す。そのさまをテレビジョン画面に釘づけにされた、敗戦国日本の老若男女が狂喜乱舞する。まやかしの大本営発表に、皇国日本の勝利を信じていた日本人が今、目の前で確実にアメリカ人プロレスラーを完膚なきまでに打ちのめす力道山の勝利に酔いしれる。誰が何と言おうが戦後ナンバーワンのヒーローは力道山だ。
【一挙掲載版】其の参
【連載】は…まだまだ続きます!ご愛読頂ければ幸いです!


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