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2005.01.01

愚図愚図と酔いしれて…【一挙掲載版】其ノ五

愚図愚図と酔いしれて…【041】

 日曜日―午前十時、勲はとびっきりにやつして、操を迎えに行く。駄菓子屋「権兵衛」の二軒東隣りに「山本プラスチック工業」の工場と居宅はある。「おはようございます!」鉄筋三階建ての外階段を上がって、三階の玄関ドアを開け勲は挨拶する。鉄筋三階建てに外階段―家の造りからして、金持ちでモダンだ。「ハ~イ!」こちらもやつした洋服を身に纏った操が玄関ホールに姿を見せる。「可愛らしいなぁ…」思わず小さい声が、咽喉仏から染み出る。「おはよう!藤田クン、操のことよろしく頼みましたよ」操の後ろで操の母が微笑む。「…ハイ!」直立不動の勲を見て、操は「フフッ」と声を漏らす。家全体の雰囲気が藤田家とは、何か違う。
 山本家を出て二人は深江橋のバス停に向かう。勲の家の前を通り過ぎようとすると、母が玄関から顔を出して「勲、道草したらアカンで!」と声を掛けてくる。「分かってるてぇ…」勲は早足になる。「おばさま、おはようございます!私が付いていますから、大丈夫ですよ」やけに操が大人びて、勲の目には映る。
 深江橋のバス停留所から梅田の阪急百貨店へ行くには、天満橋行きに乗り、天満橋で大阪駅前行きに乗り換え、終点で降りる。およそ五十分、駅舎の東に阪急百貨店のビルディングが聳え立つ。その南西の斜め向かいが阪神百貨店だ。
 勲と操は一階中央のエレベーターで屋上に上がる。他の階での道草は厳禁だ。母は勲の心境は、とっくにお見通しなのである。
 屋上には小さな遊園地があり、日曜日の家族連れで賑わう。そちらに未練たらしい視線を送る勲を急かして操は、勲の手を取り、花屋に入る。勲の胸ははち切れんばかりに鼓動する。女の子の手を握ったのは初めてだ。操の手はほっそりとしていて、スベスベで柔らかい。夢見心地、このまま永遠に握っていたい。夢は儚いー手を離した操が店員に「スミマセン、つめきり草とおじぎ草の種、ください」と、今日の趣旨を事務的に告げる。
 つめきり草の種は有ったが、おじぎ草が無い。操が眉を顰める。「藤田クン、どうしよう?」やはり、女だ。男の勲を頼っている。「向かいの阪神百貨店に行って見たら…」女性店員が言う。「そうします」と、操。「余計なこと言いよってからに、ボクの立場台無しやないか!」心の中で勲は、毒付く。

愚図愚図と酔いしれて…【042】

 五本の国道が変則的に交差する大きな交差点の信号を何回か待って、勲と操は阪神百貨店に入る。大阪の北と南に集中するいずれの百貨店も、花屋は屋上に小さな店舗を構え、遊園地も完備している。昭和三十年代、市内中心部に展開していた百貨店はどこも活況を呈していた。休みの日、家族連れ、若いカップルは余所行きを身に纏い、百貨店を目指す。一階から屋上までの各フロアでウインドウ・ショッピングを楽しむ。物を買わなくても、広いフロアに百花繚乱の如く陳列されている品々を見て回るだけで、優雅な気持ちにさせられる。そして一行は階上の大食堂でランチを摂る。食堂の周りのガラス越しには、市内の風景がパノラマのように広がっている。当時、百貨店より高いビルはどこにも無かった。
 昼食を終えた一行は屋上の遊園地へー。若いカップル達は、屋上の柵辺りに置かれた二人掛けのベンチに陣取り、市内の街路を俯瞰しながら、恋を囁く。家族連れはというと、遊園地でしばしの一家団欒の時を過ごす。百貨店は庶民にとって《玉手箱・おもちゃ箱》なのである。
 「ゴメンね、おじぎ草の種、置いてないのよ」「藤田クン、どうしよう?」そら来た!「ほんだらミナミに行こ!」今度は女性店員の先を越す。ミナミには御堂筋沿いに、そごう、隣に大丸、御堂筋の突き当たりに髙島屋の三店が軒を連ねる。御堂筋の東、一筋目の南北に延びているのが天下御免の『心斎橋筋』東京の『銀座通り』と並び称される道筋である。銀座をブラブラする様を『銀ブラ』心斎橋のそれを『心ブラ』と言われるほど、全国的に知られた繁華街である。
 時刻は十二時を回っている。「藤田クン、何で行くの?」やはり、女、男に頼っている。「操ちゃん、歩けへんかぁ?」深江橋から天満橋乗り換え、大阪駅前着―。バスの中で勲は、窓側の席に座り車窓を眺めている操の横顔を、うっとりと見ていた。時間を止めたかった。梅田から難波へは、市バスと地下鉄が走っているが市内に繰り出す人の波で、バスも地下鉄も混むに違いない。そんな中に操を詰め込むのは、嫌だー咄嗟に勲の脳裏に浮かんだ光景だった。「でも、遠いんじゃないの?」「そごうと大丸は、髙島屋のある難波の手前の心斎橋や、そんな遠ないで」「何キロ位なの?」「(知らんがなぁ…)近いでぇ…二キロぐらいとちゃうかぁ」四キロはある。子供の足で何分掛かることやら…。「ええ天気やし、歩こうな、ええやろ?」「どうしてそんなに歩きたいの?」「どうしてて、どうしてもや!」駄々っ子を見つめるような眼差しで操は、同意する。操が途中、歩き疲れたら手を取ってやろうと勲は、企む。

愚図愚図と酔いしれて…【043】

 阪神百貨店を御堂筋側に出た二人は、梅田から心斎橋までの未知の道程を南へと下る。大江橋を渡る時、左斜め前に『中央公会堂』の赤レンガ造りの建物が見えてくる。「操ちゃん、今度、中央公会堂の写生にけえへんか?」「藤田クン、絵じょうずだものねえ」褒めてくれんでええねん、一緒にきたいねん!左に大阪市役所、右に日本銀行大阪支店の重厚な建物が見える。「中之島公園や、ちょっと休憩しょうか?」「道草厳禁…」人の気も知らんと、お母ちゃんみたいなこと言うてからに!淀屋橋を渡り、本町を目指す。
 春の陽光を浴びた御堂筋のいちょう並木の銀杏の新芽が、眩しい。勲には、操も眩しい。
 本町二丁目の交差点の右手に『西本願寺津村別院』の寺院が、並木の向こうに見え隠れして来た。梅田と心斎橋のほぼ中間、目的地まであと半分、もう、一時間以上は歩いている。午後一時三十分―やはり、小学四年生の足で四キロの道のりは、きつい。本町四丁目の交差点に差し掛かった時、勲と操はどちらともなく手を出し、繋いだ。疲れがピークに達し始めた。昼食・飲み物抜きでの春の日行軍―今のように街頭のそこここに、ドリンクの自販機なんて無い。勲も操も頼れるのは、相手だけだ。操が歩き疲れたら、勲が手を取ってやろうという企みは、こんな形で実現した。元々、操にはそんな考えは微塵も無い。勲も今は企みのことなど、すっかり忘れて、ひたすら心斎橋・そごうを目指す。
 長堀通りが見えて来た、通りを越えた左にそごう、大丸は在る。ほうほうの体で、そごうに入る。ここにも、おじぎ草の種は無い。大丸に行く。屋上に上る、花屋に入るー有った!勲と操は抱き合って、歓喜する。女性店員は訳が分からないながらも、小さな二人の大仰な仕草に微笑む。

愚図愚図と酔いしれて…【044】

 大丸を出て心斎橋筋の賑わいの中を、勲がおじぎ草、操がつめきり草の種の入った紙袋を引っさげて、ミナミに下る。もう人ごみなんてどうでもいい。戎橋を渡り、道頓堀の左手に『中座』が見える。「操ちゃん、あれが、中座、や、で…」「藤田、クン、がよく、出演してた、と、こ、ろね…」会話はここまでで終わる。
 午後四時過ぎ、二人は戎橋バス停から「諏訪神社行き」に乗る。四十分―、深江橋到着。角を左、右、左に折れると、道の向こうの勲の家の前に、勲と操の母がこちらを窺っている。帰りが余りに遅いので心配になって、道端で待っていたのだ。
「勲、どこで道草してたんや!操ちゃんが一緒やというのに!ほんまにこの子いうたら…」「どうしたの?操…」「おじぎ草の種、阪急にも阪神にも、そごうにも無くて大丸でやっと見つけたの…」「まさか勲、梅田から心斎橋まで歩いたのと違うやろね?」「……」「磐田先生から預かっていた学級費、無駄使いしないほうがいいと藤田クンが言ってくれて、私、そのとうりだと思って…歩いたんです」「藤田クン、さすがは級長さんね、賢いわ」「そんな…」勲は口籠る。「二人とも昼ご飯、食べてないんでしょ?お母さん、これから勲クンを夕食に招待していいですか?」「そんな招待やなんて…」「いえ、今日は最初から勲クンを夕食に誘ってあげてと、操からせがまれてましたの」えっ、操ちゃんがぁ…勲は操を見た。操は左目でウインクをよこす。勲の疲れは一気に吹っ飛んだ。
 勲と操の《初めてのお使い》は、こうして大団円を迎えた。
 この歳の秋、おじぎ草は小さな花を花壇に咲かせた。

愚図愚図と酔いしれて…【045】

 勲は相変わらず、子役に忙しかった。
 定席は『中座』の松竹新喜劇で渋谷天外以外にも、曾我廼家明蝶、曾我廼家五郎八らが主演の芝居にも出た。アルバイトもあった。中座の左斜めに建つ、食堂ビル『ドウトン』。劇団「こびと座」の女性マネージャーと手を繋ぎ、ドウトンのビルの一階を入って行くーというテレビCFだが、勲の家にはまだテレビは無く結局CFが、どんな上がりだったのか勲は知らない。
 中座の東に『角座』がある。両劇場共、松竹の持ち物で角座は落語や漫才の出し物で賑わう。角座でも漫才さんらによる芝居があり、その子役として勲が借り出される。便利使いだったのだろう。こちらの舞台は台詞が多い。それも台本無しで、舞台監督の藤岡さんが稽古の際、口移しで台詞を教える。漫才さんらは、ほとんどアドリブで楽しんでいる。
 勲は角座の舞台が好きだった。客層も中座とは違って庶民的で、時々客席から野次が飛び、それに漫才さんらが応じて、そのやりとりに客席は笑いの渦となる。中座でこんなことは、絶対に無い。子役の勲の台詞にも笑いが来る。件の『馬喰一代』の「おっ父~!」は、泣かせの場―勲には理解し難い場面だ。ところが角座の芝居は現代劇で、ストーリーも単純で客を笑わせるのが目的である。「ボクの台詞で、みんな笑うてくれてるぅ…」勲がこれまで体験したことのない、快感だった。
 人を笑わせることに勲は、嵌まった。悪戯と笑いを取る事―この快感が五年生になって、勲に大変な屈辱を味わわせることになる。
 特別席での授業・・・

愚図愚図と酔いしれて…【046】

 勲は一学期が始まってから、ソフトボールのチームを結成した。阪神タイガースの名遊撃手・吉田義男の大ファンだった勲は、近所の小学生を集めて三角ベースの野球を楽しんだ。三角ベースとは、ホームベースと一塁・三塁だけの逆二等辺三角形のフィールドだ。
 これだと、ピッチャー、ファースト、サード、センターの一チーム四人、計八人で試合が出来る。キャッチャーはいない。というのもボールは軟球、軟式テニスみたいな柔らかいボールを使うので、バッターが空振りしても後ろに逸れたボールは、バッターが拾いに行けば事は済む。道具は一個のボールとバット一本、グローブなど要らない。グランドは、田植え前の田圃だ。三角ベースと言っても、ベースなど無い。棒切れで逆二等辺三角形を地べたに描き、三つのベースを三つの角に描けば準備完了。内野ゴロが面白い。ゴロを打つと、田圃の地面に残った稲の刈り跡が、パチンコ台の釘よろしく、ボールはあちこちに転がる。この競技、野球の体をなさない。しかし、面白い。大体は低学年の子供たちの遊びだ。「四年にもなって、やってられるかい」勲は母に、グローブとバット、ソフトボールをねだった。「遊ぶことばっかし考えんと、勉強しい!」けんもほろろに拒否された。
 姉はこの春、大学を卒業して綿花を主に扱う商社に就職した。「いさちゃん、お姉ちゃんの初月給で買うたげるわ」姉が神に見えた。よく、神に見える奴だ。自転車の時は父が、神に見えた。

愚図愚図と酔いしれて…【047】

 初月給が出た日の夜、姉に連れられて勲は、新道筋にあるスポーツ店「奥村スポーツ」に向かう。何故か、母同伴だ。「何で、お母ちゃん付いてくるんやろ?」新道筋商店街は、あのF駅北口商店街の十分の一位の規模の商店街だ。そこにある「奥村スポーツ」は、母の婦人会の友人の長男が経営している。母は勉強してもらうつもりのようだ。〝勉強〟とは、大阪商人と客の間で交わされる言葉だ。「これ全部で、なんぼ?」「三千三百円ですわ」「もう一寸、勉強してえな」「かなんなあ…これで目え一杯ですわ」「そう言わんと、また買いにくるさかいに、勉強したりいな」「…しゃあないなあ、ほな三百円、勉強しときまっさ!」「おおきにありがとさん!」三百円引きで商談成立。
 実際、母はグローブ、バット、ソフトボールをセットで三千円で話を付けた。おまけにグローブの皮を柔らかくする、ドロース液まで付いて。
 スポーツ店の向かいには、お好み焼き屋「光月」がある。店のおかみさんが、母の友人、つまりスポーツ店の主人の母である。
「藤田はん、また値切ったん違う?」「おおきに、助かったわ。なんせ娘がお金出すんやさかいになあ」「おばさん、すみませんね」姉も一番上の兄同様、育ちがいい。
「光月」のお好み焼きは、そこいらの店のものと違い、上品で美味い。どこがどう違うのか勲には分からないが、まず、形が楕円形で薄い。味付け海苔が二枚乗っていて、仕上げに辛子を表面に薄くのばし、マヨネーズと特製のソースを塗り、花かつおをタップリ振りかけて出来上がり。「フォフフォフ、ふぉいしいな」こんなに美味いものが、この世にあるだろうか―例によって勲は、このお好み焼きに、嵌まる。「フォフフォフ、ひさほ、ふぁい事にふかわなアカンふぇ」「ふぁかっへる」「ふぃふぁちゃん、フォフトフォールのフィーム、作るんひぁて?」「ふゅん!」「へえ、いさちゃん、ソフトボールのチーム作るん?おばちゃん、応援するわな!」「ふぉおきに!」
 その夜、勲はグローブの内側にドロースを塗り、ソフトボールを中に入れ、敷布団の下に敷き、枕代わりにして眠った。グローブの形を整えるための、勲なりのアイデアだ。

愚図愚図と酔いしれて…【048】

 ピッチャー・藤田勲、キャッチャー・中村豊、ファースト・酒井幸一、セカンド・宇都宮憲次、サード・大蔵満、ショート・古谷十四郎、レフト・水原繁樹、センター・井上宏、ライト・鈴木清文。四年三組のソフトボールチームが結成した。
 他の四つの組には、まだソフトボールチームは無かった。だから四年三組チームは放課後、運動場の片隅で打撃、守備、走塁の練習に明け暮れた。自分のグローブを持っていない選手には、磐田先生が体育の授業で使うものを貸してくれた。
 格好もバラバラだ。私服の奴、体育の時のトレパンに体操服姿、上だけユニフォームの奴―この姿は間が抜けていた。上下ともユニフォームは酒井だけ。ええしの子だ。この時代、親の仕事、収入の差が子供たちの服装の差に如実に表れていた。ここで勲は、一計を案じる。
 チームの統一を図るため、全員に体操服を着用させた。そして、磐田先生に懇願して輪ゴムを一箱、拝借する。校庭の隅にチームメートを集め、講釈をたれる。「四年生で初めてのソフトボールチームの誕生や!」拍手が沸く。「そやから不細工な格好で野球したら、三組全体の恥や」「そやそや!」全員の合意の声。「皆、腰下ろせ」勲は、一人ひとりに輪ゴムを十本ずつ手渡す。「こ、こ、これ、な、な、なに、す、すんねん?」井上が不審気な顔で、聞く。「アホかお前は、ゴム鉄砲して遊ぶんやんけ」と、水原。「黙って聞け!皆、トレパンの裾、上げ……ほんで膝小僧の下で両足とも裾を、輪ゴムで止める」勲が動作で示す。「止めたか?ほんなら、膝のとこのダブついてるトレパンを下ろしてみい」不思議ではあるが、チームメートは勲の指示に従う。「どや?ユニホームの格好になったやろ!」立ち上がった皆の顔がほころぶ。
 トレパンは、膝の部分でふっくらと止まっている。脛の部分と靴下までは、肌が見えているが、アンダーソックスを履けば、立派なユニフォームだ。こうして一応、全員が揃えのユニフォーム姿に変身した。

愚図愚図と酔いしれて…【049】

 練習を指導するのは、キャプテンの勲とサードを守る副キャプテンの大蔵満だ。勲は級長、大蔵は選挙で次点に泣いたが、クラス一の勉強家だ。二人ともプロ野球の大ファンでルールや、練習内容をよく知っていた。しかし勲は、大蔵の三塁手に難色を示した。というのも、大蔵は左利き。「左利きのサードなんか、見たことも聞いたことも無いぞ」「そやからオモロイんや」結局、選手の多数決で大蔵のサードは決まった。この時初めて勲は、ライバル意識という感情を持った。
【戦い―】
 他の四組にもソフトボールチームが出来、五クラス対抗戦が行われた。組み合わせ抽選で勲の三組はシードされる。
 一回戦は、一組対五組、二組対四組、二組と四組の勝者と三組が戦う。一組対五組の戦いは、一組が7対3で勝ち上がった。二組対四組は、四組が3対1で勝つ。
 三組と四組の二回戦―先攻の四組のトップバッターは左利きのマッカだ。マッカはインコースに弱い。勲はそこを攻める。二球ファールの後のインコース低め、マッカのバットは空を切る。「三振、バッターウオ~ッ!」主審は一組担任のライオンこと杉山龍馬先生。勲は、どうもこの先生が苦手だ。理由は五年になって、分かる。
 勲は一回を三者凡退に押さえた。三組のトップバッターは、キャッチャーの中村。足がクラスで一番速い。一球目からショート左横深い当たり―俊足を駆って、一塁悠々の内野安打。二番、セカンド・宇都宮。勲は送りバントのサインを出す。「消極的やなあ…」大蔵が呟く。「うるさい、キャプテンは俺や!」「失敗したら、どないすんねん?」「失敗を先に考えとって、野球、できるかあ!」
 宇都宮が勲を、窺っている―バントのサインをもう一度、出す。一球目、外角ぎりぎりのストライクを見逃し。二球目のインコースにバットを出す。ファールチップ「ツーストライク、ノーボール、ウォ~ッ!」「ほら、言わんこっちゃない…」大蔵が呟く。「宇都宮、頼むぞ…お前は俺の仲間や…」勲の心の囁き。

愚図愚図と酔いしれて…【050】

 宇都宮とライトの鈴木は、勲の子分である。毎朝、勲の家に迎えに来る。玄関のベルを鳴らす前に二人は儀式をする。玄関横の柱に祝日に立てる日の丸の竿を入れる、鉄製のコ型をした金具が取り付けられている。その金具に左手の人差し指と中指二本を下から入れ、指を手前にして鉤型を作る。それを手前に三回、引く。その時「な・か・ま」と呟く。これが勲の考え出した、儀式だ。
 ベルの音に誘われて勲は、玄関を出る。「行って来ま~す!」外に出た勲は、二人に聞く。「儀式、やったか?」二人は頷く。勲は右手の人差し指と中指を立て、唇に当ててその指を金具に、そっと触れる。「行こか…」これで、朝の荘厳な儀式は終わる。西の角を左に曲がったところで、勲は、ランドセルと上履きの袋を、二人の子分に手渡す―。こんな光景を母に見つかったら、どうなることやら。
 三球目、四球目はボール。ツーストライク、ツーボール。宇都宮が又、勲の方に視線を遣る。勲は、右腕の拳を二回振る。五球目はド真ん中、宇都宮は、思い切りバットを振る。「アホ!」「三振、バッターウォ~ッ!」「ほら見てみい…」捨て台詞を残して大蔵は、バッターボックスに向かう。「じんけやみのつう!お前なんでバントせえへんかってん!」「そやかて藤田、右手、二回振ったやんけ…」「そんなサイン、作ってえへんやろ!行け行け言うこっちゃ!ボケ!」「……」ウワ~ッ!」三組の応援席で歓声が上がる。大蔵がレフト・センター間を深々と破るヒットを放った。一塁ランナーの俊足、中村が長躯ホームイン、打った大蔵もセカンドベースを蹴って、サードへ。タイムリー三塁打だ。「キャ~ッ!」操も応援席で跳び上がっている。「クソ~ッ!大蔵、ええ恰好しやがって…」ライバル心、丸出しの勲、四番バッターの面目に懸けても、ここで打たねばならぬ。
 気負ったせいか、勲、空振りの三振。続く酒井はセカンドフライで、スリーアウト。
 回は進み、最終七回の表、1対0、三組リードで既にツーアウト、カウント2―2、ランナー無し。勲、振りかぶって、ド真ん中への速球。「三振、バッターウォ~ッ!」
 1対0の完封勝ち。しかし、シャットアウトした勲より、1打点をあげた大蔵の方に熱い視線が送られる。「お前ら野球知らんのか!野球の基本は、守備なんや…」

【一挙掲載版】其の六
【連載】は…まだまだ続きます!ご愛読頂ければ幸いです!

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愚図愚図と酔いしれて…【一挙掲載版】其ノ四

愚図愚図と酔いしれて…【031】

 次は倉庫二階でのローラースケート。他の子供たちが持っているのは、車輪は鉄製。足型をしたスケート台にズック靴を載せ、布製のベルトを小さなバックルで締める。普通はコンクリートの上で滑るのだが、舗装された道は国道くらいのもの。あとは地道だ。だからローラースケートを持っている少数の子供たちは、大西病院の玄関先の通路がリンクだ。しかし、凸凹のコンクリートと鉄の車輪の摩擦音が騒々しいため、「やめなさい!」と顔を真っ赤にして怒る看護婦との、いたちごっこでしかローラースケートは楽しめない。それがどうだ、有沢農機の広い二階倉庫は木の床。おまけに幸男と勲のローラースケートの車輪は木製。滑るとローレローレと心地いい摩擦音を発し、まさに滑るように、滑る。
 今二人ともローラースケートが愉しくて愉しくて、しょうがない。というのも先週末[クロス]が出来るようになったのである。[クロス]とは、直線に滑っていて左にコーナーを切る場合は、左足の前に床から浮かした右足をそっと下ろし、両足をクロスさせるのである。右コーナーの場合は、その逆。この難しい技を二人はクリアしたのである。

 昼前にローラースケートを終え、二人は自転車に跨りH区とF市の南東角の境界、高井田にあるラーメン屋を目指す。
 「光洋軒」のラーメンは美味い!カウンターだけの店で、椅子は幅三十センチの板のベンチが二つで八人掛け。表にもベンチが一つ、外の客を含めて総勢十二人で満席。中華模様が内側に描かれた丼鉢に親父は、醤油ベースの秘伝のタレを入れた一升瓶の口あたりを右手で握り、親指で瓶の口を塞いで逆さにし、親指を少しずらして、その隙間から出てくるタレを、二列に並べられた十二個の丼鉢の中に適量を流し落としていく。その上に目一杯の『味の素』を、てんこ盛りにして小山を築く。鶏ガラで摂った白だしのスープを注ぐ。中華麺は特注の極太麺。大きな茹で鍋で麺を八分ほど茹で、金笊(かねざる)で湯を切り、そっと優しく麺をスープの中へ落とす。濃い口醤油ベースで五時間、コトコト煮詰め上げたチャーシューを薄く切り、三枚、麺の上にそっと乗せ、これまた濃い口醤油で煮たメンマを五本、置く。最後に刻みねぎをたっぷりばらまく。ズルズルズル……美味い!一杯五十円、子供には高い、しかし、幸男の奢りだ。余計に、美味い!

愚図愚図と酔いしれて…【032】

 勲も幸男も『味の素』の大ファンだ。この幻の調味料が発売され、初めて食卓に乗ったその日から、虜になってしまった。漬物にふりかけ、目玉焼きに、大根おろしに、冷奴に、焼き魚に、御飯に…これは勲の一番上の兄があみだしたのだが、ぬくぬくの御飯の上に、雪印バターを五センチ角に切った塊を乗せ、味の素をふり、醤油をかけ混ぜて食う。美味い!食品自体の持つ味を一瞬にして魔法に掛け、旨みを引き出す。明石に帰ってしまった女中は「これは蛇の皮を乾燥さして粉にした、毒です!」と言ったものだ。「アフリカのジャングルじゃあるまいし、ここらに蛇が群生してるんか?」さすが長兄ならではの理屈だ。とにかく『味の素』は美味いのだ。
 ラーメンをすすり終えた勲と幸男は、自転車をF駅北口商店街に乗り入れる。商店街を南へ行けば、例の映画館「昭栄座」があり、途中西に折れると、あの劇団「ひまわり」の売れっ子・中山千夏の家の薬局がある。しかし、今の勲には自分も子役であることなんか、頭蓋のどこにも無い。意識にあるのは懐に隠し持った水鉄砲のことのみ。透明のプラスチック製の優れ物。商店街にアーケードの屋根は無い。日曜日の親子連れの買い物客などで、ごった返す。地元商店街は、当時の庶民の娯楽の街だ。映画館にパチンコ屋、射的場にスマートボール、洋服屋に化粧品店、万年筆にバナナの叩き売り、電気屋に宝石店、すし屋にお好み焼きの店などなど…まるで万華鏡の世界だ。ミナミやキタの百貨店とは趣が違う。商店街の中程、近鉄・大阪線と奈良線が交差するF駅の線路の下をくぐる地下道には、戦闘帽を被り、黒眼鏡を掛け、白装束に松葉杖を突き、募金の紙箱を地面に置き、アコーデオンを奏でる人が居る。以前、家族で商店街の中にあるすし屋で食事した帰り道、勲は母に「お母ちゃん、お金あげへんのん?」と言ったことがある。母は無言で素通りする。後でその大人を〝傷痍軍人〟と呼ぶのを知る。【戦いー】何故、母が募金しなかったのか、勲は知らされなかった。勲は白装束の大人が奏でるアコーデオンの旋律が、どうしてこうまで物悲しいのか、知りたくもあり、知りたくない複雑な心情を、今も思い出す。今日もあの地下道に〝傷痍軍人〟は、居るのだろうか…。
 商店街の人いきれの中、勲と幸男は自転車をクネクネと走らせる。「あっ、雨や!」「えらいええ天気やのに、雨かぁ?」「たぶん、狐の嫁入りやろ…すぐ止むでぇ」その通り、すぐに雨は止む。自転車を走らせながら勲と幸男は、隠し持った水鉄砲を天に向け、思いっきり水の弾を放つ。数秒後、水は雨となって降って来る。伊達に、西ドイツ製の空気銃で試射やってんじゃないってんだ…。

愚図愚図と酔いしれて…【033】

 商店街を折り返し、放出街道を北へとハンドルを切る。右手に「めし」と大きな文字で書かれた看板を掲げた食堂の前を左折し、勲と幸男の家の建つ地道を西に下る。その一本目の左角に駄菓子屋「権兵衛」がある。屋号ではないが、老夫婦二人で営む店の主人の名が「権兵衛」。幸男とはやったことは無いが勲のこれまでの悪戯仲間とは、よくやった。おばあさんの方に、仲間が気を逸らせておいて、そちらへ権兵衛さんの視線が逸れた瞬間、こっちの仲間が『カバヤキャラメル』の箱を鷲掴みにして、表に飛んで逃げる。何故『カバヤキャラメル』なのか?箱の中には赤、黄、緑のおまけ券が入っていて、何枚か貯めると映画がタダで観られる。タダ券ばかりで映画を観たわけではないが、勲は同じ劇団に入った兄と連れ立って映画をよく観た。子役同士、母は芝居の勉強になる、と映画鑑賞にはおおらかだった。しかし、絶対に観てはいけないのが、日活映画だ。兄の石原慎太郎の芥川賞受賞小説『太陽族』を映画化した作品でデビューした石原裕次郎。それ以来、裕次郎の主演映画はヒットを連発し、日本中の若者のヒーロー的存在となった。当時、平凡などの雑誌の表紙を幾度も飾った大スター裕次郎は、プロレスの力道山、プロ野球巨人の長嶋茂雄と「三義兄弟」と、持ち上げられるほどの国民的ヒーローだった。義兄弟では無いのだが、いつの世もマスコミは、大衆迎合だ。あの映画好きの勲の父も、裕次郎の映画だけは観ないし、勲に観させない。父の酷評「派手なアロハシャツ着てからに、あら、不良や!」母の酷評「へんてこりんな髪型してからに、裕次郎も慎太郎も、不良の兄弟に違いないわ!」頭の裾を短く刈り上げ、てっぺん部分を少し残して、前髪を短く額に垂らす、石原慎太郎の前代未聞の髪型《慎太郎刈り》は、一世を風靡した。勿論、裕次郎も《慎太郎刈り》だ。後に勲が母に内緒で『平凡』の裕次郎のグラビアを片手に、近くの散髪屋で《慎太郎刈り》にして家に帰った時、母の鉄拳が飛んだことは、言うまでも無い。勲が四年生になってから、もっと激しい母の鉄拳が飛ぶことになる。
 母に内緒で兄が初めて連れて行ってくれた裕次郎の映画は『鷲と鷹』内容は勲には把握出来なかったが、なにやら船乗りにまつわるストーリーだった。内容なんてどうでもいい、とにかく裕次郎はカッコいい!ニヤッと笑うと八重歯が覗く。「何でお母ちゃん、ボクを八重歯に生んでくれへんかってんやろか」必ずあるアクションシーン。相手を木っ端微塵に倒す、パンチ、キック…足がやたら長い。「何でお母ちゃん、ボクの足、もっと長う生んでくれへんかってんやろか」兄、慎太郎とこよなく海を愛した、神奈川・湘南生まれ。「何でお母ちゃん、ボクを湘南で生んでくれへんかってんやろか」

愚図愚図と酔いしれて…【034】

 裕次郎の映画は『鷲と鷹』に始まり、『錆びたナイフ』『嵐を呼ぶ男』『風速40メートル』『俺は待ってるぜ』『紅の翼』『明日は明日の風が吹く』『銀座の恋の物語』『天下を取る』『憎いあんちくしょう』と、数え上げたらきりがない位、勲は裕次郎に、嵌まった。

 そんなことを考えつつ勲は、自分の家を右手に見遣りながら、幸男の自転車の後を追い、再び有沢家の広い工場の敷地に入る。
 さあ、午後の遊びの開始だ。早くも胸がときめく。この遊びが勲は一番、好きだ。『運転手ごっこ』ごっこの域は超え、運転手そのものだ。今日、初めて勲は運転手になれる。幸男はすでにベテラン運転手だ。
 有沢農機には沢山の車がある。農機具販売の営業車、製品や部品を運搬する大小様々のトラック。幸男の祖父の社長用の車は、キャデラック。やはり、ええしだ。そのうちの一台、トヨエースを幸男はガレージから出して来る。手馴れたものだ。「いさちゃん、早よ乗り!」言われるままに勲はドアを開け、助手席に納まる。「ええか、もう分かってるやろ?」運転席に座布団を二枚敷き、両足を目一杯に伸ばした幸男は左足でクラッチを踏み、ハンドル軸の左側面のチェンジレバーを手前に引き、ローに入れる。右足はブレーキを踏む。次に左手でサイドブレーキを解除させ、右足をアクセルの上にそっと置く。ここからが勝負だ。
 右足のアクセルをゆっくり踏みながら、同時にクラッチを踏んでいる左足の力を徐々に緩め、右足のアクセルに力を入れていく。ブゥ~ン……トヨエースが動き出す。これまでの幸男の教習で、勲はトヨエースを始動させる時、いつも失敗する。クラッチを踏んでいる左足の力を緩めるのと、右足のアクセルに力を入れる微妙なタイミングが合わずに、エンストさせてしまう。
 トヨエースを始動させた幸男は、工場の敷地内をセコンド、サード、トップとチェンジをスムーズに操作させ、大きく円を描くように走らせる。♪「運転手はボクだ、車掌はキミだ~」鼻歌混じりに幸男はスイスイ、トヨエースを操る。
「さあ、いさちゃんやってみぃ!」いよいよその時がやって来た。運転席に座った勲は、九年間の人生でこれまで経験し得なかった極度の緊張感に襲われる。ハンドルを握る掌にじわ~っと汗が浮かぶ。「いさちゃん、肩の力抜かなアカンでぇ、そんなびびっとったら、オシッコちびるでぇ…」まじで、ちびりそうだ。助手席で余裕をかましている幸男教官の指示通りに、始動マニュアルを次々にクリアして行く。ブゥ~ン……「動いた!動いたぁ~」勲は叫ぶ「やったなぁ!」幸男は笑う。「コラ~ッ!また自動車動かしてからに!この子ぉらわ」古参女中のひさえはんだ。五人兄弟の末っ子の幸男にとって、ひさえはんは乳母みたいな存在で、頭が上がらない。「早よガレージにしもとき…」これで事が終わる有沢家は勲にとっては、やはりパラダイスなのだ。

愚図愚図と酔いしれて…【035】

 夕方に勲は帰宅する。「ただいまぁ!」「お帰り……昨日と今日、幸男ちゃんと何して遊んだんや?」振り向きもせず晩御飯の用意をしながら、母は聞く。ローラースケートを玄関の大きな下駄箱の勲のスペースに仕舞い、水鉄砲をその後ろに隠し、余所行きのパジャマを抱え、台所に勲は入る。「卓球してなあ、スケートしてなあ、水鉄っ…うっ…トヨエース運てっ…うっ…」「なんやて?」「……あんなあ、ボクが懐中電灯のモールス信号、発明してん!」「ふう~ん、モールス信号かいな、そんなもん役に立つんか?」「今日暗なってからな、家の前から、幸ちゃんの家の前に居てる幸ちゃんにな、懐中電灯でモールス信号送るねん!」「えらい難しそうやなあ…」母は勲の発明を全く信用していない素振りで調理を続ける。
 一時も早く勲は、幸男と送信したい。そそくさと食事を済ませ、勲は工場から懐中電灯を手に表に出る。約束の午後七時―五十メートル先の有沢家の前に、幸男はすでに立っている。「幸ちゃ~ん!オーケーかぁ?」「オーケーやでぇ!」「ほな、ボクからいくでぇ!」「ええでぇ!」モールス信号など要らないではないか。声で通じる。
 勲が信号を送る。
『い』・・   (トントン)
『ま』×・   (電灯を体の前で×して トン)
『な』○・   (電灯を体の前で○して トン)
『ん』△・・・ (三角トントントン)
『じ』(ヾトントン斜)
幸男???「なんやて?ヾがわかれへん!」「『じ』やんか、表見てみぃ!」勲が三時間かけて作った乱数表だ。「あった!『じ』や、ということは…『い ま な ん じ』…や!今、七時二分やでぇ!」腕時計を見て幸男は怒鳴る。「言うたらアカン!何のためのモールス信や!」「ごめん、ほんならボクの番や、いくで!」
『え』・・・・ (トントントントン)
『え』・・・・ (トントントントン)
『て』Λ・・・・(山トントントントン)
『ん』△・・・ (三角トントントン)
『き』・・―  (トントンツー)
「え え て ん き…分かった、『ええ天気』や!」「言うたらアカン!何のためのモールス信や!」「お前らうるさいなあ!」向かいの親父に怒鳴られる。勲の母の予感通り、発明したモールス信号は、水泡と帰した。

 サッポロ黒ラベルの中瓶もすでに空き、勲は又階下のリビングに降り、二日前から煮込んだ「関東煮き」の鍋の蓋を取る。何故、関西で関東煮きなのか?……知らない。巷間言われているのは戦後、関東で練り物、野菜をごった煮にしたものを配給券と交換して食したという。見たんか?勲は思う。「そんなこと、どうでもええやないか、関東であれ関西であれ、食う中身は一緒や…」ところが関東では牛のすじ肉、鯨の皮のコロは無い。食文化が貧粗なのだ。その代役なのか、ちくわぶ、はんぺんなど関西人がおよそ食わない貧粗な食材を関東人は、食す。「田舎モンの集団や」なんの優越感なのか知らないが、勲は思う。

愚図愚図と酔いしれて…【036】

 自宅のある奈良市学園前から京都府の南東端にひっそり佇む『浄瑠璃寺』までは車で二十分少々。寺の参道脇のひなびた焼物屋で女房と買った、厚みがあり角の丸い、四角い素焼き皿に、二日間煮込んだコロ、すじ肉、ごぼ天、ちくわを盛り二階に上がる。ストリップ階段を上がりながら、ふっと思う。「朝六時に起きて、二十数年間やろうと思ってたアルバム整理やけど、ひとつもはかどって無いなぁ…そもそも古いアルバムを開いたのが間違いのもとや…クソッ!あっそや、ビール忘れたわ…」
 今日の休みのこの日まで、勲は何百回となくアルバム整理を思いついた。最初の頃は、日本各地を撮影で回った自分の足跡の証として、次には、南太平洋のエメラルド色の海や島々のロケの思い出として……。そして、今日……思いついたアルバム整理は、勲がテレビ業界に身を晒し、二十六歳の春にひとりの女と出逢ってから今日に至るまでの、三十年間の過去の全ての整理と―その意味合いは、長い時の流れの渦の中で推移する―五十五歳になって勲は、何もかも、整理したくなった………。二十一年間住んだ家は今、売りに出している。
 リビングの冷蔵庫から、サッポロ黒ラベルの中瓶を右手にぶら下げ、二十六畳のキッチンダイニング、リビングの空間を勲は、ぼんやり見つめた…。
 ―大阪N区の「T住宅」本社ビル七階のガランとした部屋に男三人、ひとりの女がいる。手に持った図面に目を遣りながら、男はフロアに白のビニールテープを貼り、大小の四角い平面スペースを描き出している。設計者だ。横で愛想笑いを男と女に送っているのは、営業担当者だ。設計図面では実際の広さが分からない。だから設計者は施主に、家の間取りをフロアに一次元の実寸で示している。〔玄関ホールは吹き抜け〕〔階段はストリップ〕〔キッチン、ダイニング、リビングは充分に広いワンフロア〕〔リビングはダイニング・キッチンより20センチ低くして段差をつける〕〔トイレは1Fと2F、2Fトイレ横にはシャワールーム〕〔広い主寝室・その奥に書斎〕男と女の基本設計コンセプトだ―
 設計通り、新居は建った。そして、男と女は結婚もせず、暮らし始めた……。
 勲は焦点を元に戻す……頭を振る……ひとりごちる「そもそも、あんな古臭いアルバムを開けたんが間違いや、あんなチビの時代の写真観て、何がオモロイっちゅうねん!」
 書斎の机の左側に四冊の古~いアルバムがあり、右側には未整理の写真数百枚が山積みになっている。ビールをグラスにこぼし、一気に飲み干す。プワァ~ッ!「今日のところは、高校までのアルバムを開けて、純情な青春時代に浸るとするか…」
 実際、勲の過去の生きざまの三分の一―つまり、高校時代までのオフィシャルなアルバム写真以降の人生は、右側の写真の群れの中に、眠っている。

愚図愚図と酔いしれて…【037】

 昨日、大阪T区とK区の境をたゆたう大川沿いのマンション八階『イサオ・プロダクツ』のベランダから見下ろした、大阪造幣局の「桜の通り抜け」の花見客を酒の肴に焼酎をあおり、元ジャズ・テナーサックス奏者、谷垣勝、元OBSラジオ・プロデューサー本山正継、元経済新聞社デスク遠山隆志らと、藤田勲との〝おやじ宴会〟のいきさつのその後は、どうしてくれるのか?いや、どうもしない……。ビールを又、注ぐ…。アルバムの写真は、四年生に上がった時の三組の集合写真だ。

 四年三組の担任は磐田敦子という肥満の女性教諭。始業式の挨拶で「皆はこれからの日本を担う大切な人材です。そやから、どんどん食べて、どんどん大きくならないけません。それには、ホルモン焼きが一番です!」
 変わった新任の挨拶である。後に母にこの話をすると「そんな汚いもん、食べたらアカン!ホルモン言うんは、ほる(捨てるの大阪弁)もん(物)や…」でも磐田先生は恰幅がいい、捨てる物を食べているのに…と勲は不思議に思う。どう言う訳か四年生に上がってからも勲は級長に、副級長には山本操が公選された。操の家は幸男の家の真反対側にあり、両家の丁度中間に勲の家がある。近所で操は幸男に次ぐ、ええしの家の子だった。操の父は「山本プラスチック工業」という会社を経営している。どういう業種なのか勲にはよく分からないが、幼稚園の頃、近隣の鍛冶屋、鋳造所、鋲螺工場など、社会見学に連れて行ってくれた父の説明によると・・・
 勲は自宅で産まれた、上の兄や姉もそうだ。勲の家の斜め向かい、あのお医者さんごっこの患者、キヨちゃんの家の左隣りに「中井助産婦」がある。骨盤が極端に発達し、その腰から下の両足はひどいO脚で、ひょこひょこ歩く婦人が産婆である。藤田家の子供全員がその産婆に取り上げられた。産湯は盥(たらい)だ。時代を「山本プラスチック工業」が変えた。

愚図愚図と酔いしれて…【038】

 プラスチック製の盥の生産を始めた。盥ではなく《バス》と言う。一メートル四方、厚さ一センチのプラスチック板を、最新鋭大型プレス機が一瞬にして楕円形で、しかも石鹸やガーゼなどを置くスペースをも備えた、赤ちゃん用のバスタブに成型してしまう。「山本プラスチック工業」は今で言う[ニュービジネス]だ。この頃言われた『三種の神器』テレビ・電気洗濯機・電気冷蔵庫に匹敵するハイカラ商品だ。
 操のファッションもハイカラだ。髪の毛に軽くパーマをかけ、クレオパトラのような髪型にセットしている。四年三組どころか学校中どこを探しても、そんな髪型の女の子は居ない。服はというと、ピアノの発表会の時に着るような丈の短いワンピースで、スカートにはビラビラの襞が施されている。目立つ。下町の庶民丸出しの小学生には見えない。違う、操は「ええしの子」だ。その副級長の操が澄まし顔で、級長の勲の横の席に座っている。初恋―。「お母ちゃんにも幸ちゃんにも内緒や…」無論、幸男は私立に通っているので操の存在すら知らないのだが…。
 勲は背が低く、朝礼で校庭に整列する時、前から七~八番目、操は女子の一番後ろ。操と話しする時、いつも勲は見上げる。「大きいけど、かいらしいなぁ…」操に勲は、嵌まった。
 去年の春、新任して来た日下部校長先生はそれまでの校長と違って、遣り手の先生だった。K小学校の分校として新設されたF小学校は緑が少ない。そこで日下部先生は『緑いっぱい運動』を推進した。と同時に、それまで校歌の無かったF小学校校歌を、作詞・作曲した。♪朝日輝く 生駒の峰に 平和日本を 打ち立てようと 学びに励む 若人我ら 仲良く 真面目に 元気よく 希望あふれる わがF校~『仲良く 真面目に 元気よく』が、そのまま小学校の教訓と定められる。
 『緑いっぱい運動』は功を奏し、その年の大阪市立小学校の中で"緑の奨励校"に選ばれた。その勢いに乗って校長は、全学年・全クラスに花壇造りを奨励した。体育の時間を割いたり、放課後に各クラス競い合って、校舎の運動場側、裏側に担任の指導で花壇を造る。まるで、学徒動員だ。「よその組に負けたらアカンで!元気出しや…皆、ホルモン食べてるかぁ…」磐田先生は余程ホルモンがお気に入りのようだ。

愚図愚図と酔いしれて…【039】

 三組の花壇が出来上がった。とは言ってもブロックの囲いと、中の砂を整備しただけ。草花を植えるのは、これからだ。その週の土曜日の四時間目、学級会が開かれた。級長が議事進行役で副級長が書記役。「皆さん、どんな草花を植えたいですか?」勲が級友に意見を求める。多くの生徒は花や草の名前を知らない。勲も同様だ。「草は田圃に生えとって、花は花屋にあるもんや…」くらいの認識である。なにせ、学校の回りは田圃か町工場、花壇なんてもの学校以外で見たことが無い。「じんけやみのつう、どうや?」「……」「じんけ…」「ちょっと待った!級長、じんけやみのつう、て何ですか?」先生が勲に聞く。勲の仲間内では、友達の氏名を逆に呼ぶのが流行っていた。〔じんけやみのつう←うつのみやけんじ=宇都宮憲次〕「しょうもないこと言うてんと早よ、決めなさい!」ホルモンに勲は叱られる。「花やったらスイトピーとかパンジーとか水仙、チューリップ、虞美人草、コスモス、ガーベラ、バラ…」操が花の図鑑を見ているが如く、花の名前を羅列していく。教室内はしらける。ホルモンは黙って勲の裁きを待っている。黒板に名前を操が書き終えたタイミングを計って「では、これを植えましょう!」「そんな花、知らんわ、どこで売ってんねん?」きげしらはずみ=水原繁樹が青洟を垂らしながら、いちゃもんを付ける。「じゃかぁしいわ、黙っとれ、このハナタレが!」心の奥底で勲は怒鳴る。「花屋で買うんやありません。種や球根を花壇に蒔いたり植えるのです。その為の花壇です」分かったか、ボケ!勲は強い視線を水原に送る。「ほ、ほ、ほな、ど、どこで、た、た、たね買う、ね、ねん?」ドモリの井上宏が喰らい付く「百貨店の屋上の花屋さんで買いましょう」「誰が買いに行くんですか?」勲の家の裏角のパン屋の片岡福子が、不細工な顔を上げて質問する。「それは級長と副級長に任せましょう!」ホルモン、否、磐田敦子先生が助け舟を出し、学級会を閉めくくる。「そんなん、ひいきや、ひいきや!」あちこちで不満の声が渦巻く。この『贔屓』という言葉を勲は一学期の級長期間中、何度と無く浴びせられた。

愚図愚図と酔いしれて…【040】

 級長、副級長は一学期、二学期、三学期と生徒の選挙で選ばれる。一学期に選ばれるのは、一種のステータスなのだ。だから選挙で次点に終わった生徒、その仲間は僻んでいるらしい。
 教室に勲と操を残し、磐田先生が告げる。「ご苦労さん、花壇に植える草花の種類は学校側で決めています」「そうしたら、どうして…」操がベソをかいている。「藤田君と山本さんの級長、副級長ぶりを見たかったんです。二人とも、よく出来ました!その褒美に先生がホルモンを奢ってあげましょう!」この態度こそ、贔屓だ。
 勲と操は、ホルモンの誘いを辞退して、揃って家路に着く。「磐田先生、意地悪やねぇ…」「そんなこと無いて、ボクらのこと心配してくれてはんねん」「そうかしら?」この操の物言いが勲にはたまらない。これまで女の子と遊んだのは、下駄隠し位のものだが、それに参加した女の子の誰一人として「そうかしら?」なんて、口が裂けても…言えない。「そうかぁ」が関の山だ。
「磐田先生、明日梅田の阪急百貨店で、つめきり草とおじぎ草の種、買うといで言うてお金くれはったけど、どんな草や?」「草って言っても、つめきり草は可愛い花をつけるし、指で触れるとおじぎする、おじぎ草も秋には花を咲かせるのよ」「えっ、おじぎ草て、おじぎするん?えらい礼儀正しい草やなぁ…そやけど操ちゃん、花の事よう知ってんねんなぁ」「花、大好き!」自分にも言って欲しいと勲は思った。
 花壇の中に植える花は、各クラス同じ種類の種を蒔き、周りを囲んだブロックの穴に各クラスが工夫を凝らして草花を植える。その工夫も磐田先生が独断で、つめきり草とおじぎ草に決めているのだ。その種を明日、買いに行くのだ。何のことは無い、勲と操の《初めてのお使い》だ。でも、勲の心はときめく。「明日、操ちゃんと一緒に阪急百貨店行けるんや!」心の中で呟く。初デートだ。

【一挙掲載版】其の五
【連載】は…まだまだ続きます!ご愛読頂ければ幸いです!

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愚図愚図と酔いしれて…【一挙掲載版】其ノ参

愚図愚図と酔いしれて…【021】

 勲の家にテレビは無い。勲の勉強の邪魔になるというのが藤田家の家計一切を仕切っている母の意見だ。なのに劇団に入れて、子役に仕立て、自分も付き添いで東京に来、一年のうち三分の一も学校に通わない勲に、矛盾は感じないのだろうか?

 スエヒロを出て旅館に向かう。途中、ビルの工事現場がある。セメントを混ぜるための砂が山のように積み上げられている。砂山は格好の遊び場だ。砂遊びの基本はトンネル堀り。あっちからは森田君と中島君、こっちからは小浜君と勲。手掘りのトンネルは中央でお互いの手が触れ合った時、貫通だ。四人の服は砂だらけ。「服、砂だらけやないの!」母の平手が、勲の頬を打つ。「なんで、ボクだけ叩かれなアカンのん!」又、平手が飛ぶ。
 親元を離れての合宿生活。子供たちは学校生活から解き放たれ、芸能界という未知の大海に放たれた。躾。しかし、他の子に母は手を上げるわけにはいかない。そして、中島君には母がいない。森田君、小浜君の母はまだ来ない。東京に来てから勲は母に甘えている。家では怖い母が、東京ではいつも笑みを欠かさない。劇団のマネージャー、松竹新喜劇の役者さん、スタッフに、子役の付き添いとして接する母は、笑顔を絶やさない。こんな母の姿を勲は見たことがない。家での母は五人の子供の面倒と父の印刷の仕事を、油まみれになって手伝う。得意先の商談から節季の支払い、すべて母が仕切っている。東京に行く前の夜、母と一緒に勲は風呂に入った。「あんなあ勲、お前はおとんぼやさかいに、お母ちゃんや、お父ちゃんと一緒に居てる時間が一番短いんやで」「なんで?」「そやかて、お前はまだ九つや。という事は、お母ちゃんの子供になってまだ九年やろ?」「ウン」「一番上の兄ちゃんはもう二十年以上も、お母ちゃんの子どもや」「フ~ン」「お母ちゃんは、お前より先に死ぬやろ」「………」「そやから、お前はお母ちゃんに甘えて、ええんやで…」勲は、うれしいような悲しいような、甘くて酸っぱい思いに駆られた。
 実際、母は五十一歳で逝く。勲、十四歳の六月一日、小雨の降る夕暮れ時だった。
 砂のトンネル―母に甘えた勲にビンタが飛ぶ。母は思う。他の子は口には出さないがホームシックにかかっているだろうに…。三人の心情を思い、母は勲を甘えさせない。母の心情など、勲が知る由もない。「ボクは、お母ちゃんの子供とちゃう!」と、勲は幼心に思う。そういえば、一家で晩御飯を食べている時、何の気なしに訊いたことがある。「お母ちゃん、ボクどこから来たん?」「鳶がなあ、勲くわえて裏の田んぼに落としたんや」当時に性教育は無い。ボクは鳶の子供なのだ。その記憶が今の状況にオーバーラップする。
 集団から勲は独り遅れ、トボトボと重い足を運ぶ。中島君が母と手をつないで、先を歩いている。「お母ちゃんはボクより中島君のほうが可愛いんや……」勲は拗ねる。咽喉の辺りに何かが痞え、呼吸するのが辛い、そんな初めての切ない想いを感じながら、勲は薄っすら涙を瞳に溜め、母の後姿を追う。

愚図愚図と酔いしれて…【022】

 あの橋を渡れば、もうすぐ旅館だ。人騒がしい。映画館の前に人だかりが見える。ショートヘアーを軽くカールさせた、勲と同年代の女の子がカメラのフラッシュを浴びている。「松島トモ子や!」数段どころか、月とスッポンのランク違いの子役、松島トモ子。顔の面積と不釣合いなデカ~イ目、こまっしゃくれた物言いと、歩くしな。「あいつ、ほんまに同い年かいな?」今、流行りのテレビの歌番組や映画で引っ張りだこだ。そういえば劇団「ひまわり」の子役、中山千夏は舞台を中心に、売れっ子だ。ロングランの『がしんたれ』で女優・三益愛子と共演し、子役を見事に演じている。勲のライバルだ。というのも、千夏は勲と同い年で、ましてや勲の住む大阪H区の隣、F市の薬局の娘だ。F市とは、父と足繁く通った映画館「昭栄座」のある街だ。負けてはいられない。しかし、千夏は『がしんたれ』の主役。勲はというと『馬喰一代』の幼年期の…あれだけの台詞しか与えられない…子役。これ又、月とスッポン。劇団の名前も「ひまわり」と「こびと座」。「ひまわり」は太陽の陽をいっぱいに浴び、青空に向かって伸びて行く。一方の「こびと座」―勲がテレビ業界に身を晒した時代から、「こびと」は放送禁止用語。母が人だかりの外から体をジャンプさせながら叫ぶ。「い~さ~おぉ~、見てみぃ~トモ子ちゃんやぁで~!」「知り合いか!」勲はまだ拗ねている。
 自分が出演する映画でも観終わったのか、松島トモ子が、しゃなりしゃなりと通り過ぎて外車に乗り込む。車のテールランプの上のボディーラインが、天にそそり立つ。シボレーだ。ブゥンとアクセルを吹かして走り去って行く。「…そうか、お母ちゃんは僕と兄ちゃんを松島トモ子や中山千夏みたいな子役にしたいんや…」と。

 『馬喰一代』幼年期の太平は丸坊主。大正時代の、それも馬喰の子倅が坊ちゃん刈りのわけがない。『おじいちゃんの飛行機』の二人は坊ちゃん刈り。勲は始めての丸坊主に、拗ねた。そこで、渋谷天外が勲におもちゃの
パトロールカーを買い与えた。
 新橋演舞場の舞台は、昼の部が一時、夜の部は六時からの公演。『馬喰一代』は夜の部。舞台セットの建て込みは、午前十時から始まる。大道具の人たちが手際よくセットを組み立てていく。花道はフリースペース。勲はパトカーを掌で握り、車輪を花道の床に擦りつけ、前方に3~4回擦る。すると車輪にゼンマイの動力が伝わる。手を離す。ブゥン!パトカーは花道を舞台に向かって疾走する。「松島トモ子のシボレーと、えらい違いや…」
 新橋演舞場での生活は勲にとって、非日常の別天地だった。演舞場の中には多くの、御茶屋がある。勲のお気に入りは和食の『三原屋』勲の顔を見ると、板さんがカウンター越しに「らっしゃい!」と威勢よく微笑む。勲はチョコンと腰掛ける。もう、一人で店に入れる。演舞場での舞台も二週間が過ぎた。母も帰阪し、小浜君の母が輪番制でやって来ている。「ヘイッ、鉄火巻き一本!」勲は、この鉄火巻きに嵌まっている。こんな美味いものがこの世にあるのか!母の蓬餅、『ふじや』の肉うどん『スエヒロ』のビフテキに次ぐ、勲の好物だ。「おっかさん、大阪に帰ぇちまったんだってねぇ…寿司食いねぇ」馬耳東風、勲の気は鉄火巻きへ行ったきり。「寂しいだろうによう…」気のいい板さんだ。付けは、劇団払い。勲が次に目指すのがパーラー『ミツヤ』この店のバナナをコチンコチンに凍らせた〝バナナアイス〟が最高。
「太平ちゃん、いつものネ!」役名が呼び名。ロングヘアーに大きな瞳、すず虫のような優しい声。濃くもなく薄くもない香水の香り。
勲はこの女性に嵌まっている。こんなにも美しい女性が、この世に居るものなのか。母代わりに甘える。だから、勲の「おいしいもん帳」のトップは『ミツヤ』のバナナアイスなのだ。

愚図愚図と酔いしれて…【023】

 名古屋・御園座。又、一ヶ月間の『馬喰一代』の舞台が始まる。ここでは、おもちゃの二挺拳銃が渋谷天外から勲にプレゼントされた。腰にガンベルト、両手を左右のガンホルダーの位置に構える。ヤホヤホ~ヤホ~ッ!アパッチ族の襲来だ。勲はやや腰を落とし、敵の馬群を冷静に見つめる。「まだ早い…」バッカバッカバッカ~酋長の馬の足許に視線を遣る。「今だ!」サッと両手がガンホルダーの中の拳銃を取り、前方に構える。銃口からはポンポンと二個の紐付きのコルク栓の弾が飛び出し、銃口の下に垂れ下がる。フン、口ほどにもない奴らめ…。
 丁度、大相撲名古屋場所が初日を迎えている。ここ数場所、関脇・房錦の調子がよく、ファンの注目を浴びている。当時の日本映画界は黄金時代で製作本数も五社で競い合っていた。『褐色の弾丸・房錦』が封切られていた。立合いの一瞬、頭を相手の胸元に弾丸のように突っ込み、両手を追っ付け一気に寄り切る。そんな相撲ぶりの小兵力士、関脇・房錦が主演の一代記である。相撲とプロレス、プロ野球が、テレビジョンの普及と共に国民的人気を博していた。
 御園座の楽屋では大相撲のトトカルチョが流行っていた。小太鼓の輪っかに二メートル程の棒を通し、ふたりの役者が前後に担ぎ、太鼓を叩いて楽屋を練り歩く。触れ太鼓の真似事なのだ。前は藤山寛美。その日の取り組み表を基に、勝ち力士を当てる、単純な博打だ。松竹新喜劇で藤山寛美はまだ脇役だった。後年、寛美は大借金を抱え込むことになる。勲は寛美にも可愛がられていた。新橋演舞場同様、子役四人は旅館での合宿生活。公演が休みの日、旅館の部屋で四人は、自分たちの芝居以外の演目の一場面を、役柄を振り分けて演じる遊びを考え出した。谷崎潤一郎原作の『細雪』夜の部の人気舞台だ。四人姉妹の役を子役四人で演じる。恐ろしいもので毎日のように、楽屋のスピーカーから漏れてくる台詞を聞いたり、舞台の袖から見学していると台詞を覚えてしまう。部屋の中で物真似芝居を演じるうち、勲はひょんなことから転び、座卓の角でしこたま額を打ち付けた。見る見るうちにでぼちんが膨れあがる。大きなたんこぶが隆起する。ウェ~ン!烈火のごとく勲は泣き叫ぶ。泣き声を聞いて一番最初に部屋に飛び込んできたのが、寛美兄ぃちゃんだ。旅館の女将にアロエの葉を貰って来て、葉を半分に裂き、中身を額に当てる。熱を帯びていたたんこぶにアロエの身の冷気が、優しく包む。この一件以来、勲は寛美兄ぃちゃんを役者の師と仰ぐ。その後、大阪の中座の舞台で勲は、度々、寛美と共演する。だが台詞は、無いに等しい。
『馬喰一代』の暮れの大阪・中座の公演も無事終わり、勲は昭和三十三年の正月を迎えた。

愚図愚図と酔いしれて…【024】

 勲の家にまだテレビは無い。勲はもっぱら裏のマッカの家でテレビを観させてもらう。マッカといえば、あの『野壺落下事件』で勲を見捨てた奴だ。そんな恨みはどこへやら、テレビの魅力には勝てない。昭和三十三年、テレビドラマ『私は貝になりたい』が大ヒットした。フランキー堺主演の昭和三十年代を代表する名作テレビドラマ。
 天皇の名において始めた戦争が負けた時、責任を取らされたのは善良な市民―その名を「B・C級戦犯」と呼ぶ。【戦い】―。
 赤紙で召集された理髪店の主人が戦場で捕虜となった米兵を「突撃!前へ!」の上官の命令で渋々、銃剣を突き刺す。だが躊躇した剣先は急所をそれ、怪我を負わせただけに終わる。そして終戦―。男は軍事裁判にかけられ、米裁判官は捕虜を殺したとして絞首刑を下す。「どうして俺が、どうして俺が!」と叫ぶも、刑は執行される。ドラマのラストシーン。死刑執行の日、男は心の中で呟く。
 「ふさえ、賢一、さようなら…お父さんは二時間ほどしたら遠い遠いとこへ行ってしまいます。もう一度逢いたい、もう一度暮らしたい…お父さんは生まれ変わっても人間には、なりたくありません、人間なんていやだ。もし生まれ変わっても牛か馬の方がいい…いや、牛や馬ならまた人間にひどい目にあわされる。どうしても生まれ変わらなければならないのなら、いっそ深い海の底の貝にでも……そうだ、貝がいい。貝だったら深い海の底で、へばり付いていればいいから、なんの心配もありません。深い海の底だったら戦争もない、兵隊に取られることも無い。ふさえや賢一の事を心配することもない。どうしても生まれ変わらなければならないなら、私は、貝になりたい……」十三階段を男が上がって行くシーンで、ドラマは終わるー。
 東京裁判というのは日本だけが裁かれ、原爆や東京大空襲などを行ったアメリカ軍は無罪となっている。戦後十三年の時を経て、この戦争の大きな矛盾をドラマは、世に問うている。
 部屋の電気を消し、テレビの画面をじっと見つめる勲とマッカの家族全員が、泣いている。太平洋戦争はまだ、風化してはいない。

愚図愚図と酔いしれて…【025】

 小学三年生の三学期が始まる。勲にとっては久しぶりの日々日常である。そこで勲は大きな挫折感を味わう事となる。
 九九の七の段が出来ない。七一が七 七二、十四 七三、二十一 七四……どうしても、ここで詰まってしまう。ろくすっぽ勉強もせず学校を長期欠席したつけが回ってきた。責任を感じたのか、母は便所の壁にまで九九の紙を張り、勲を九九浸けにした。なんとか九の段までをクリアした勲は、また遊びに興じ始める。しかし、遊びの中身が変わりだす。原っぱや田圃が基本の遊びが、変わる。
 勲の家の一本西の道を越すと有沢農機という大きな会社がある。敷地の中の住居部分も勲の家の三倍はある。特別ええしの家だ。有沢家は四男一女、五男一女の藤田家とよく似た家族構成だ。おまけに両家とも、子供達の年齢もよく似ている。五男の勲と有沢家の四男、幸男は同い年のおとんぼ同士。血液型もAB型で気が合う。幼稚園時代からの友達であるが、ここまで登場しなかったのには訳がある。大金持ちの有沢家の子供たちは皆、近くにある公立学校ではなく、名門私立学校に通う。そのせいで、有沢幸男は町内の悪ガキと遊ぶことを母親に禁じられていたようだ。有沢農機を一代で築き上げた創業者は、愛媛県の出身、藤田印刷の創業者は徳島県出身。二代目は共に、養子。勲の父母は共に養子だが…家業の成り立ち、家族構成、そして勲の母は世話好きで町内の役員をしていて、母と有沢家の母は近所で唯一、仲が良かった。そんなこともあって勲と幸男は仲良しだった。しかし、勲は幸男を鉄屑拾いや、お医者さんごっこ、2B糞爆などの遊びには誘いたくても誘えない。なにしろ有沢家は大金持ちなのだ。二年間の児童劇団生活で子役として、一応デビューした勲に母は、幸男との友人関係強化を促した。だから、それまでの勲の遊びの中身が変わった。
 もっぱら、遊びの場は幸男の家。勲の家からは五十メートルと離れていない。幸男の家の敷地内には、農業用の噴霧機、稲刈り機、耕運機などの製造工場がある。勲にとってみれば、これまで父が社会見学させた町工場とは雲泥の差の大工場だ。事務所も広い。勲が一番驚いたのはタイプライターが常備されていることだ。中国や東南アジア、ブラジルなど海外との取引のある会社なら当然の事だが、勲が初めて目にするタイプライターは、コロンブスがアメリカ大陸を発見したに等しい驚きだった。
 早速、それで遊ぶ。刻字はアルファベット。どうして遊ぼうか?勲は学校でローマ字を習っている。幸男の学校では、いきなり英語だ。このあたりが公立と私立の違いだ。勲はAあ、Iい、Uう、Eえ、Oお を知っている。幸男はABCDEFG…である。この差を埋めて、どうして遊ぶ?「……そうや!ボクがローマ字で単語打つから、幸ちゃんが英語に直してえな」「ええで」勲・GATTKOU 幸男・SCHOOL 勲・IE 幸男・HOUSE 勲・ISHA 幸男・DOCTOR 勲・GOTTKO 幸男…… 勲・OSIRI NI INKI 幸男…… 勲・BABA TANKO 幸男「……わからん単語打つな!」

愚図愚図と酔いしれて…【026】

 次に勲を仰天させたのが、空気銃だ。幸男の祖父はガンマニアで、殊に空気銃マニアだ。祖父の社長室に西ドイツ製の二挺の空気銃が木製のガラス棚に収められてある。「いさちゃん、これで遊ぼか?」「これて、もしかして空気銃ちゃうのん?」「そうやで、これで銃の弾の缶、撃つんや!」「怒られへんのんか?」「平気や!」「そや、兵器や!」話が通じていない。どうやら幸男は日頃から一人で遊んでいるらしい。
 倉庫の壁に直径十センチの丸いアルミ缶―鉛の弾入れ―を立てる。その的を十五メートル離れた場所から、撃つ。西ドイツ製の空気銃は子供には重い。幸男は地べたにうつ伏せになり、銃床を右脇の内側に抱え、右手人差し指を引き金に掛け、左腕を伸ばし、掌を上にし、銃口の下にあてがう。片目を瞑り、見開いた方の目は、銃身の先の照準と十五メートル先の的に合わせる。ピタッと合った瞬間、引き金を引く―。プシュ!缶がコロンと手前に倒れる。近づくと缶の中央に五ミリ程の穴が開いている。外国テレビ映画『ライフルマン』のチャック・コナーズ並みの腕前だ。勲も撃つ。カシャ!壁だ。弾をこめる。撃つ、プシュ!命中だ。初体験の射撃に勲は、嵌まった。又、事務所に戻る。ここで又々ビックリ。幸男はコンサイスの英和辞書のページを一枚、破る。勲は聞いたことがある。英語の単語を覚える秘訣は、覚えたページを破ってそれを丸めてパクッと呑み込んでしまう。「幸ちゃん、そんなん呑み込んだらのど詰まってしまうでえ」「アホか、違うねん…」幸男は鉛筆削りのカスを辞書の紙切れの上にばら撒く。そして端の方から小さく丸めていく。唾でもう片方の端を留める。「出来た!」手作り煙草の完成である。ブシュ!幸男は蝋マッチを机に擦り付けて、火を点ける。こいつ、なんでこんなマッチ持っとんねん…「いさちゃん、吸うてみ」「いやや、お母ちゃんに怒られる!」「わりと根性ないんやなあ」根性が無いのではない、母は悪戯ばかりする勲を悪ガキから遠ざけ、良家育ちの幸男に近づけたいのだ。それがどうだ、幸男は手作りの<鉛筆削りカス英和辞書巻き煙草>を吹かしている。「こいつ、相当のワルやな」勲は幸男との遊びに、嵌まった。これまで勲が創り出した数々のわるさと、質と中身が違う。
 いろんな遊びを二人で考え、実践した。<秘密潜水艦>。幸男の家にある、茶箱―子供一人がしゃがんで入れるスペースがある―それを日本庭園に鯉を飼う大きな池に浮かべ、箱の中に入る。縁側のコンセントから引いた電気コードの先に、二十ワットの電球をセットし、スイッチを捻って灯す。それを箱の中に引き込み、蓋を閉める。出航!箱を押しやる。箱内が潜水艦だ。バランスを崩して、よく沈没の憂き目に遭う。

愚図愚図と酔いしれて…【027】

 <秘密基地キッチン>。幸男の家では大きなシェパードを飼っていた。数週間前、犬は死んだ。その犬舎が工場裏の従業員寮横の広場に放置されている。勲と幸男は学校終わりに、その広場で落ち合う。縦一メートル二十センチ、奥行き一メートル八十センチ、横三メートル、前面は鉄格子に扉付き。その犬舎の掃除にかかる。ホースの水で床の糞の跡を洗い流す。乾いた床に筵を敷く。この筵は勲の持ち込み。学習帳印刷用の巻き取り紙は、両側を丸い締め板で固定され、外側を筵で包まれている。その筵が秘密基地の床のカーペットと化す。その中に入っているだけで、心躍る。鉄格子から覗く外景はすべて敵陣だ。「ここに空気銃あったら、敵を狙い撃ちできるなあ…」そのうちそれだけでは物足りなくなる。基地には軍資金が欠かせない。幸男は自室にある小さな整理棚を持ち出し、それを金庫にする。中の軍資金は幸男の一月分の小遣いを充てる。その引き出しから金を出し、おやつを買う。どうってことのないこの行為が二人には、大人びた事に思えて愉しいのだ。勲は一日十円、その都度、母から貰う。だから秘密基地の軍資金は巨額だ。基地内では当然、軍資金を調達した幸男が大将、勲は二等兵役だ。文句は言えない。しかし、これまで遊んでいた仲間内で勲はいつもガキ大将だった。気分が悪い。そこで軍資金の使い道を大将に進言する。「幸ちゃん、おやつばっかり買うててもおもろないさかいに、どや、料理でも作れへんか?腹が減っては戦はできぬ」「いさちゃん料理作れるんか?」「得意やでえ」幸男の家には二人の女中が居る。やはり、ええしだ。家事一切をその二人が仕切っている。幸男が料理することなど考えられない。勲の家の女中は三年生の春に明石の田舎に帰って行った。後で分かることだが、藤田印刷は徐々に商売が左前になっていた。母は親子七人と住み込みの二人の職人の食事をきりもりしなければならなくなった。そこで勲が母の手伝いにかりだされる。市場への買出し。これが結構愉しい。味噌や砂糖などは何匁単位で買える。まだ尺貫法の時代である。卵でも買い手の希望個数で売ってくれる。縄で編んだ買い物籠を二つぶら下げて、市場に入る。「おっちゃん、白味噌と名古屋味噌まぜて三百匁ちょうだい!」「はいよ!三百匁やな」大きな擂り鉢に富士山のように盛られた味噌を木のへらで、削ぐ。それを薄い木の皮で作った船の器に盛り、秤に掛ける。ピタッ!目盛りが三百匁で止まる。「神業や!」そんな発見が勲を市場好きにする。

愚図愚図と酔いしれて…【028】

 母の手料理で勲が気に入っているのが、牡蠣フライ。母が水洗いした牡蠣を布巾で水分を拭き取る。身をメリケン粉でまぶし、溶き卵の中に浸け、次にパン粉をまぶす。それを横の母が手際よく油で揚げていく。毒味と称して、つまみ食いも出来る。
「なあ、カキフライにしょうか?」「えっ、カキフライできんのん?」「任しとき!」形勢逆転、勲は二等兵から大将に昇進だ。通い慣れた市場へ行く。「おっちゃん、カキ二百匁ちょうだい!」「おヽいさちゃんかいな、なんや、今晩のおかずはカキフライか?」「う、うん…」「よっしゃ、いさちゃんのこっちゃ、勉強しといたるわ」秤の目盛りは二百匁を少し回っている。「いさちゃん、市場で顔やなあ…」財布から金を出しながら幸男は勲を見直す。パン粉にメリケン粉、卵、とんかつソースに食用油、箸。次に金物屋で卵を溶くボウルと、やや深めのフライパンを調達する。会計はすべて秘密基地の軍資金だ。基地に取って返し、勲は牡蠣フライの下準備に入る。皿など無い、すべて新聞紙だ。実際、市場で品物を包むのは、すべからく、新聞紙。幸男は家に戻り、キャンプの時に使うスウェーデン製のラジュースを持って来る。やはり、ええしだ。ラジュースも無事点火し、いよいよ調理開始だ。慣れた手際で勲は牡蠣を揚げていく…。「よっしゃ、できたでえ!」新聞紙で油がほどよく落ちたホコホコの牡蠣フライにとんかつソースをかけて、頬張る。「おいしい!いさちゃん、料理うまいなぁ」「まあな」勲も頬張る。美味い、母の作る牡蠣フライそのものだ。「コラ~ッ、そこで何しとるんや!子供が火ぃ使こうてからに、火事にでもなったらどうするんや!」有沢農機の寮長に見つかってしまった。いくら社長の孫とはいえ、寮長は幸男にも厳しい目線を遣る。昔の大人はどこの家の子供であれ、悪いことをすれば叱ったものだ。双方の親には内緒を条件に寮長は、ラジュース以外の物を没収した。かくして秘密基地は姿を消した。
 有沢家と藤田家双方は幸男と勲をはじめとして、有沢家の長男、長女、次男、三男と藤田家の兄弟姉妹も交友を深めた。勲は週末が待ち遠しくてならない。週末は外泊が許される。勲の足でも二分とかからない所に幸男の家は有る。勲にとって幸男の家はパラダイスだった。社員食堂の娯楽室には卓球台、社長室にはデカイ木製の地球儀、例の空気銃も揃っている。大きな倉庫の二階は木の床。姉に買って貰った木製車輪のローラースケートで、農機類の部品が梱包されたダンボール箱の山の間を、滑走できる。もちろん幸男も同じスケートを持っている。

愚図愚図と酔いしれて…【029】

 風呂もデカイ。いつも二人は洗い場の排水口を手拭いで栓をし、湯船の湯を洗面器でかきだして溜める。そうして洗い場に仰向けになって、浸かる。湯船に入ればいいものを…。何か変わったことをするのが二人とも、愉しいのだ。風呂から上がると晩御飯。台所も食堂も広い。勲が泊まる時には、二人だけ家族と離れたテーブルで食事することを幸男の母は許してくれる。古株の女中でよく太った、ひさえはんが給仕してくれる。今夜のおかずはビーフシチュー。なにもかも勲の家とは違う。勲の家は《晩御飯・おかず・卓袱台》幸男の家は《夕食・メニュー・テーブル》といった具合だ。
「藤田君、今日もパジャマ持参か?」「うん!」「けったいな子ォやなあ」いつも、ひさえはんは言う。幸男の物を借りればいいのだが、勲はいつもパジャマを抱えて泊りに行く。それには訳がある。家で寝る時、勲は寝間着である。夏は木綿、冬はネルの母が縫ってくれた寝間着。ところが見栄を張ってか、母は市場の洋服屋でパジャマを買ってくれた。「勲、幸男ちゃんの家に泊るときはパジャマにしいや」「なんで?」「なんでて…人様の家泊るのに…寝間着ではなあ」勲は母が寝間着を縫っている姿を見ている。印刷の仕事を手伝いながら、経理も家事もこなし、疲れているであろう母が、夜なべをして縫ってくれた寝間着を勲は、気に入っていた。その一方で、何となく、ええし気分にさせてくれるパジャマを以前から欲しかった。だから勲にとってのパジャマは"余所行き"なのだ。家では決して、着ない。
 七時過ぎに夕食を終え、勲は幸男の部屋のある二階への階段を上がる。真っ直ぐに伸びた廊下の右側は中窓になっていて、窓から見下ろすと、そこは工場の敷地の中央広場だ。各工場を行き交うフォークリフトや農機具の完成品、各種部品の搬入搬出の車が走るスペース。廊下の左側は手前から幸男たち兄弟五人の部屋が並ぶ。勿論、一人ひとりの個室だ。
 勲の家といえば、すり硝子の入った格子戸を開けると、左右に細長い八畳ほどの玄関。右手は作り付けの大きな木製引き戸の下駄箱、左手が重厚な木調のあがり框、真正面の壁の中央には円形の造り窓。障子の向こうは食事の間で、土間の台所には、使っていないが竃(へっつい)さんがある。玄関左の框を上がれば三畳間、右に掘り炬燵が設えられた四畳半の中の間、続いて八畳の奥の間。いずれも京間サイズ。奥の間は仏壇隠しの両開きの襖、違い棚、床の間が並列になったいわゆる〝書院造り〟。奥の間をカの字に囲むように広縁があり、その向こうに前栽が広がる。前栽の左側に大小便所、手洗い用の石の手水には竹の筒から水が滴る。前栽には大小二つの灯篭、二つの小さな池溜め、その周りに大小の奇岩が配置され、中庭の趣を醸し出している。茶道を好んだ祖父の趣向が窺える。建物は総二階。勲は奥の間で父母と三人で寝、後の兄弟は二階のそれぞれの部屋で寝る。勿論、布団だ。

愚図愚図と酔いしれて…【030】

 有沢家の五人兄弟の部屋は、すべて洋室にベッド。当時流行の外国テレビ映画『パパは何でも知っている』の舞台そっくりだ。おまけに各部屋はなんとテレビ付き。勲の家には一台も無いというのに…。だから勲にとって有沢家はパラダイスなのだ。
 幸男の部屋でスティーブ・マックイーン主演のテレビ映画『拳銃無宿』を手に汗しながら、観る。終われば、幸男所有のおもちゃの拳銃片手に映画の再現。当然、幸男がマックイーン役で勲は悪役のメキシコ人。いつも、殺される。仕方が無い、一宿一飯の恩義に悪役を引き受けるが、面白くない。あの秘密基地での大将と二等兵そのままの役回りだ。勲は牡蠣フライを提案したように言う。「ゆきちゃん、さっきの映画で悪組の奴らがのろしで応援求めとったけど、あれは時代遅れやで。今やったらモールス信号やで!」「モールス信号て?」「ツートントン、ツートン、トン…あれや」「おもしろそうやな!そやけど、どうやってモールス信号すんねん?」「任しとき!」
 勲の発想はこうだ。懐中電灯を使う。ツーで電灯を点け、消して、トンで素早く点灯しすぐに消す。つまり、こうだ。
 「あ」・一回点灯 すぐ消す
 「い」・・一回ずつの点灯を二回素早くする
 「う」・・・
 「え」・・・・
 「お」・・・・・
 カ行
 「か」・―
 「き」・・―
 「く」・・・―
 「け」・・・・―
 「こ」・・・・・―
 サ行からは、電灯を回したり、斜めにしたり、上下左右で点灯したりの組み合わせ……。三時間かかって勲が発明した五十一音の[懐中電灯モールス信号記号]を、お互い一枚ずつ紙に書き、完成!明日の夜、実践する。ベッドに二人して入り、眠りについた。

 今日は日曜日だ。有沢農機も休みだ。幸男と勲は七時に目覚め、トーストにハムエッグにオレンジジュースという、勲には夢のような朝御飯、いや、朝食だ。食事もそこそこにまずは食後の運動。
 工場二階、社員食堂横の娯楽室での卓球。幸男は丸いラケットをシェークハンドに握る。裏表両面にビニールのラバーが張ってあり、両面で球を打てる。勲は普通のラケット、表でしか打てない。二本サーブの二十一点セット制で三セットマッチ。二人ともよくやっているので、小学三年生にしてはうまい。お互いフェイントが好きだ。まず勲が自分のサーブの時に仕掛ける。左の掌を半円形に上に向け、ピンポン球を乗せる。右手のラケットを体の横に構え、腰を少し落とす。掌の中の球をネット間近にフワ~と落とす。その瞬間、体を伸ばし、卓球台の左側に移動してネットに近づき、右手のラケットで球を相手コートのネットすれすれにチョコンと、落とす。
 大人と違って上半身を台の中央にやってもネットには届かない。幸男のラケットは空を切る。この技を二人は〝チョイネ〟と名付けている。球を相手コートのネットぎりぎりに〝チョイネ〟と打つからである。一時間少々で卓球はお仕舞い。

【一挙掲載版】其の四
【連載】は…まだまだ続きます!ご愛読頂ければ幸いです!

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愚図愚図と酔いしれて…【一挙掲載版】其ノ弐

愚図愚図と酔いしれて…【011】

 この見よう見真似のインキの調合を「お医者さんごっこ」に、勲は採用したのだ。家の斜め向かいに、キヨちゃんという三つ年下の女の子がいた。その女の子に限らず勲の家には、よく子供が遊びに来た。というのも印刷工場というのは、巨大な輪転機や材料の巻き取り紙、そして仕上がった印刷の紙の束を収納する倉庫や工場が必要である。百五十坪の三分の二は工場と倉庫が占領していた。その中の工場は輪転機三台が稼動していて、子供には危険地帯。うす汚れた壁のあちこちに『注意一秒 怪我一生』と書かれた、標語の短冊紙が貼られている。ところが倉庫は子供たちにとっては、格好のかくれんぼの遊び場だ。
 勲の遊び仲間三人と、そのキヨちゃんを加えて、かくれんぼをしているうち、誰が言い出したでもなく、遊びの流れは『お医者さんごっこ』へと移った。そんな名前すら知らない遊びに勲たち男の子が誘い込まれたのは、たぶん、倉庫内のかくれんぼというシチュエーションにあった。高く積み上げられた巻き取り紙や印刷済みの紙の山。その隙間の小さな空間に独りぼっちで息を潜めて、隠れる。鬼に見つかったら負け。何とも言えない緊張感。おしっこちびりそう。ちんちんの辺りが疼く。「なんでやろ?」しかも、何処かに女のキヨちゃんが居る。何か秘め事のような、かくれんぼ。この先どうする?てな、具合ではなかったのか。
 勲は前栽に入り、南天の葉っぱ一枚を『お医者さんごっこ』の道具に千切って来る。そして一本の木の切れ端に、インキの缶々四つ。キヨちゃんは、何が何だか分からない顔でお尻を出している。勲はインキの蓋を開け木の切れ端で、四色のインキを葉っぱの上で色を調合する。それをキヨちゃんのお尻のキャンバスに、塗りたくっていく。その刹那―「これや、これや、この鼠色や!」と叫ぶ勲の声と同調して、キヨちゃんの泣声が倉庫中に響き渡る。 家の前の木の盥(たらい)に水を張った中にキヨちゃんは泣きべそをかいて、素っ裸でしゃがみ込んでいる。「一体何をすんねん、あの子らは!」キヨちゃんのお母さんが怒りながら、束子でお尻のインキを落としている。水と油―、お尻の鼠色は一向に落ちないで、段々と広がって行く。束子でゴシゴシやられたお尻の肌のピンク色と鼠色が一体となって奇妙な〝新色〟へと変貌して行く。その様を見て心の中で、勲は呟く「お父ちゃんに、この新色のこと教えたげなアカンなあ…」と。この一件以来、勲は半年間、倉庫への入庫を厳禁された。又、物心ついたキヨちゃんは通学の時など、勲の家の前を迂回して通る様になった。

愚図愚図と酔いしれて…【012】

 次なる遊び場は、家の周りのあちこちにある田圃。この田圃の田植え前が又、格好のエンジョイ・フィールドと化す。駆けっこや三角ベースのソフトボールなんぞは、ガキの遊び。勲たちがやるのは『2B糞爆』。
 近所の駄菓子屋なら、どこでも2Bという爆竹を売っている。長さ五センチ、直径二センチの本体に、三センチ程の導火線装備。この兵器は、かなりの破壊力である。『2B糞爆』遊びは、一種の肝試しでもある。田圃の中には、犬の糞があちこちに点在している。日の経ったもの、まだ新しいもの、黒い糞、黄色い糞と様々だ。その目標に2B弾を差込みセットする。マッチで導火線に点火し、一目散に撤退する。三秒後、犬の糞は四方八方に飛散する。逃げ足の遅い奴は糞の雨の洗礼を頭や服に浴びる事と相成る。実に単純で馬鹿々々しいのだが、これが面白い。この遊びのバチが当たったのか?
  
「勲、明日、お前の大好きな蓬餅作ったげるさかいに、三角池行って蓬、取っといで」。
 二年生に上がった春休みである。勲はこの蓬餅が大好物だった。もち米を蒸し、その中にゆがいた蓬をみじん切りにして入れる。それを石臼で餅に練り上げる。小餅に成形された中には、母自慢の特性の小豆の餡子が入る。こんなにも美味いものが、この世の中にあるのかと勲はいつも思う。それが明日、食べられる。ままよ三度笠…勲は二軒隣りの三つ年上のケンボウと、裏の同級生のマッカを誘い自転車で三角池を目指す。
 三角池はH区の東に位置するF市に入った畑の中に、ポツンと水を湛えている。この池に限らず、勲の遊びのエリアには野池が方々にある。それらのいずれもが、空襲で出来た1トン爆弾の穴に水が貯まった、言わば〝人工池〟である。大阪砲兵工廠跡地といい、三角池といい、勲の遊び場は終戦から十年経った今でも、戦争の爪跡が残っている。【戦い】―。しかし、その爪跡は、戦争を知らない子供たちにとっては、遊び場でしかなかった。この三角池は、近所の子供たちの鮒釣りのメッカである。勲の竿は竹藪の竹の枝を切り落とした自家製。糸は天蚕糸(てぐす)ではなくタコ糸。何でもタコ糸だ。針は仲間からの頂き物。餌は赤虫でもミミズでもなく、メリケン粉を水で硬めに練ったものを、正露丸の粒位に丸めた自家製。すべてタダ。こんな仕掛けで釣られる鮒は、勲に言わせれば「アホや!」。今日も春休みの子供たちで賑わう。しかし、勲たちが目指すのは、池の向こうに広がる畑の畦道に自生する、よ・も・ぎ。自転車を先に降りたケンボウとマッカは、すでに収穫に取り掛かっている。遅れじと勲は歩を進める。「ウッ?地べたが変にやらかいでぇ…」条件反射のように勲はジャンプした!着地した!ゴボゴボ…ッ…ゴボッ…。「なんで地べたが沈んでいくんや?」・・・ゴボ~ッ!それは、ばばたんこだった。運よく手すりにしがみ付いた。「ばばたんこや!ケンボウ、マッカ助けて~っ!」。勲はウンコに首まで浸かった状態で泣き叫ぶ。二人はその様を、まるで汚い者でも見るかのような眼つきで、見下ろす。失敬な奴らだ!年上のケンボウが答える「勲、じっとしとれ!今すぐ、おばちゃん呼んで来たるさかいにな!」

愚図愚図と酔いしれて…【013】

 行くな、行くな!僕を救出するのが先やろ!泣き声で言葉にならない。あろうことか、マッカまで僕を見捨ててケンボウの後を自転車で逃げて行く。友情もこれでお終いや。見とれよ、今に仕返ししたるさかいにな!全て勲の心の中の叫びである。勲は、ひたすら泣き叫んでいるばかり。「助けてくれ~っ!」鮒釣りの連中に勲のSOSは、届かない。
 「うえ~ん、うえ~ん…」春のやわらかい陽ざしの下、勲はまるでフランケンシュタインのように、両手をだらりと下げ、足元に糞尿の滴を垂らしながら、トボトボと足を引き摺って、ひたすら家を目指す。パニックのあまり、自転車で来たことすら脳裏にはない。それとも、褒美で買ってもらった自転車を汚すと、ばばたんこにはまった事と合わせて母に叱られると思ったのか。重い足取りで三十分、ようやく家に辿り着く。しかし、その道程は、決して安穏としたものではなかった。泣きながら家路を急ぐ勲の滑稽な歩みは、近隣の町工場の若い職人らにとっては格好の野次の対象となる。「あいつアホや!ばばたんこ、はまりよったんや!臭っさあ…近か寄んな、あっちゃ行け!」なんかしとんねん!くそ田舎から集団就職で大阪に来た、田舎もん!はよ田舎帰れ!おまえらこそ、田舎くさいわ!ア~ホ~…。泣くばかりで声にならない。
 ジャージャージャー、父ですら勲に近寄らず、表で勲を立たせたままホースの水で服に纏わりついた糞尿を流し落とす。「こんな恰好、キヨちゃんに見られたらどないしょ…」日頃のやんちゃ坊主も形無しである。「そやけど、お母ちゃん居てんでよかったあ…」。勲の母は躾や言葉づかいに、とても口煩い。例の倉庫での『お医者さんごっこ』で半年間の〝倉庫立ち入り禁止令〟を出したのも、母である。もとはと言えば、蓬餅をつくる材料の蓬取りに行かせたのは母である。そのお使いに行ったとはいえ、なんと言う勲の失態ぶりか。この哀れな姿を母に見られたら、どんな雷が落ちることか。その点、父は優しい。「お母ちゃんは今日、近所の婦人会のおばちゃんらと歌舞伎座へ芝居観に行ってるさかいに、内緒にしとこ。早よ服脱ぎ、お父ちゃんがどこぞに片付けといたるさかいに…」。
 パンツ一枚という姿で父と表に出る。そんな格好で道を歩いていても誰一人として奇異な視線は寄こさない。下町のいいところである。午後三時、銭湯が開く。勲の家には当時としてはハイカラな、タイル張りの風呂が有る。心優しい父といえども、野壺に嵌まった身を内風呂には入れたくない。そこで銭湯である。勲の体は銭湯の大きな湯船のおかげで、もとに戻ったが、この後入る客は、知らぬが仏である。
 『野壺落下事件』は、母のあずかり知らぬ〝迷宮入り〟と相成った。勿論、次の日、勲は母特製の蓬餅の相伴にあずかった。

愚図愚図と酔いしれて…【014】

 「ほうこけ」雑木林の得体の知れないものの鳴き声は、相変わらずである。勲が二十数年間、春先になる度にやろうと思っていたアルバム整理は、一枚のお宮参りのセピア色の写真によって、昭和三十年代に戻り、フリーズした。現代(いま)に戻り、書斎の机の上には二冊目に古いアルバムが開かれている。整理はいつ始めるのだ!
 右端の下の写真は、ベレー帽を被り、高価そうなモヘヤ地のダブルのジャッケットを着、口元に笑みを浮かべた勲のポートレートである。場所は東京・新橋演舞場の楽屋である。
 窓から斜め下に拡がる住宅地をぼんやりと眺めながら、勲は、煙草に火を点ける。フウーッと紫煙を吐き出す。その煙の中に、スライドを照射したかのように時が又、遡る。

『拙者親方と申すは、お立会いの中に、御存じのお方もござりましょうが、お江戸を発って二十里上方、相州小田原一色町をお過ぎなされて、青物町を登りへおいでなさるれば、欄干橋虎屋藤衛門只今は剃髪致して、円斎となのりまする。元朝より大晦日まで、お手に入れまするこの薬は、昔ちんの国の唐人、外郎(ういろう)という人、わが朝へ来たり、帝へ参内の折から、この薬を深く籠め置き、用ゆる時は一粒ずつ、冠のすき間より取り出だす。依ってその名を帝より、とうちんこうと賜る。即ち文字には「頂き、透く、香い」とかいて「とうちんこう」と申す。只今はこの薬、殊の外世上に弘まり、方々に似看板を出し、イヤ、小田原の、灰俵の、さん俵の、炭俵のと色々に申せども、平仮名をもって「ういろう」と記せしは親方円斎ばかり。もしやお立会いの中に、熱海か塔の沢へ湯治にお出でなさるるか、又は伊勢御参宮の折からは、必ずお門違いなされまするな。お登りならば右の方、お下りなされば、左側、八方が八つ棟、表が三つ棟玉堂造り、破風には菊に桐のとうの御紋を御赦免あって、系図正しき薬でござる。』
 この「外郎売りの台詞」は、歌舞伎十八番の一つで、享保三年(1718年)江戸森田座の「若緑勢曾我(わかみどりいきおいそが)」で二世・市川団十郎が初演。滝のような弁舌で言い立てをしたことから、評判になった演目の一場である。今でも俳優を志す人が必ず行う、早口言葉のテキストになっている。先の台詞は、その冒頭の一部分である。全部言い終わるのに、どんなに頑張っても四分近くかかる。それを勲はやってのける。勿論、小学二年生には意味不明のチンプンカンプン。全部平仮名の丸暗記。

愚図愚図と酔いしれて…【015】

 『野壺落下事件』のあったあの春休み、勲と四つ年上の兄は「こびと座」という児童劇団の入団試験を受けさされた。【戦い】―。勿論、二人の意思ではない。母の独断である。母の雅子は、早くに長男、長女を失ったことから、残る子供たちには親として何かしてやりたいという、気負いがあったようである。大正二年生まれの雅子は、女学校に入り将来は女医になることを夢見る少女だった。しかし、家が貧しかった雅子は、尋常小学校を出るとすぐに、件んの「藤田家」の養女に出された。そして、謹厳実直で腕の立つ印刷職人で、これ又、藤田家に養子として入った孝義と結ばれる。
 次男は、浜寺水練学校、バイオリン、フィギヤースケート。次女は、モダンバレー。三男は、ボーイスカウトに。そして、四男と勲は児童劇団。この流れを見ると雅子は、相当のハイカラな気質を備えた女性である。
 劇団の入団試験とはいっても、合否の基準は童話の朗読だけである。よほどの下手でない限り、誰でも簡単に入れる。兄弟は晴れて?合格した。
 『あめんぼ赤いな あいうえお
  浮き雲(も)に 小えびも浮いている
  柿の木栗の木 かきくけこ
  きつつきコツコツ 枯れケヤキ
  ささげに巣かけて さしすせそ
  その魚(うお)浅瀬で刺しました』
 北原白秋 作 「あめんぼの歌」である。劇団の生徒に初めて課されるのは、この歌を大きな口を空けて大声での合唱である。劇団は幼稚園児から小学校低学年、高学年の三クラスに編成されている。週三日の劇団通いが始まった。兄は別として勲の生活は、激変した。何故、激変か?それまでのように近所の仲間との、心ときめく縦横無尽に暴れまわる遊びとは、おさらばだ。月・水・金の学校が終わってからの劇団通い。自宅から兄と一緒に市バスに乗って、二区間(二駅ではなく二つの区間)片道五十分の道のり。勲には海外旅行に思えた。
 只、うれしかったのは、母に牛皮製の定期入れを買って貰ったことである。百貨店で母が選んだ定期入れの色は、黄土色。勲の好み等、受け入れられない。「ばばたんこの色や…」小さなショックが勲の胸に走る。
 小学二年生の勲の行動範囲なんて、たかが半径四キロ程。それも一キロ以上は自転車に頼る。それが片道五十分。バスに乗車する時、女性車掌に牛皮製の定期入れを指し示す。二区間乗り継ぐのに二回、見せる。まさにパスポート気分の海外旅行だ。劇団のレッスンを終えて自宅近くのバス停に着くのが、夜の八時半近く。バス停の横に『ふじや』という大衆食堂がある。父や職人達が残業する時、母が夜食に出前を注文する店である。晩御飯抜きの兄弟の腹の虫が鳴る。「お母ちゃんには内緒やぞ!」。親に内緒の行動は、『野壺落下事件』以来だ。胸が痛む。

愚図愚図と酔いしれて…【016】

 暖簾をくぐって席に着く。この時間、客はまばら。「おばちゃん、肉うどん!」もう、兄は注文している。「兄ぃちゃんは、何回かこの店、来とるな…」「勲、何にすんねん?」「ぼくも肉うどん!」真似し漫才、米屋の乞食―である。出てきた肉うどんは、牛肉とネギ、玉葱が丼鉢の上に鎮座している。牛肉のすき焼きなんぞは、月に一回も勲の家のメニューには載らない。その牛肉が美味そうに、乗っている。ズーッ…出汁も旨い。ズルズル…麺もうまい。ムシャムシャ…肉が、これ又、美味い!こんな美味いもんが、この世にあるのか。勲にとっては、母の蓬餅に次いでの驚きである。食べ終わると兄が勲の耳元で囁く。勲は言う「おばちゃん、付けにしといて!」。これに味をしめた勲は、兄が欠席した劇団の稽古を終えた或る夜、ひとりで『ふじや』に立ち寄った。前のパターンそのままに、肉うどんを食べ「おばちゃん、付けにしとて!」と、店を出た。おばちゃんが後を追って出てくる。「いさちゃん、お客さんの居てはる時に、付けにしといて言うたらアカンねんで」「なんでアカンのん?」「そやかて、ほかの人も付けにしたら、おばちゃんとこ、日銭入らへんようになるがな」「ウム……ほな〝節季〟にしといて!」

 「俺がさあ、米軍の立川基地でさあ、ジャズバンドでテナーサックス吹いていた頃にさあ…」「わたくしが韓国のKBSで、日本語放送の校閲委員をしていた頃にですなあ…」「僕が記者時代に、うちの新聞社が田中角栄の『日本列島改造論』を出版したんやけど、その頃はやなあ…」まるで会話が成立していない。
 元ジャズのテナーサックス奏者、谷垣勝。元OBSラジオ・プロデューサー、本山正継。元、経済新聞社デスク、遠山隆志。放送作家、藤田勲。谷垣、六十歳、本山、七十二歳、遠山、五十六歳、勲、同五十五歳。
 大阪市T区とK区の境界をたゆたう大川。その北の川原に建つマンション8階の一室に、『イサオ・プロダクツ』は在る。平日の午後四時過ぎというのに、四人のおやじ達は早くも、酔っている。この四人はフリーターである。谷垣と本山は世間的には、もう定年退職者。遠山と勲は流行りのリストラ宣言を受けた、バリバリの団塊の世代。
 団塊の世代は、その規模の大きさから、戦後の日本社会にさまざまな影響を与え続けてきた。60年代末から70年代初めにかけては『全共闘世代』として学生運動の中心であり、就職後は『会社人間』『企業戦士』に変身して高度成長の原動力となった。郊外にマイホームを建て、核家族化が進む。バブル経済の崩壊後は、リストラや賃下げ対象になった。その団塊の世代が2007年、一斉にリタイアさせられる。その数683万人。五十代半ばでフリーになった遠山と勲は〝団塊リタイア〟の先駆者なのだ。
 この四人が何故、昼から酒盛りを始めているのか。一昨日から大阪造幣局の『桜の通り抜け』が始まっている。『イサオ・プロダクツ』のベランダからは、桜の通り抜けの花見客でごった返す公園が見下ろせる。早い話が桜と花見客を酒の肴にして、花見酒の宴に興じているのである。焼酎のオンザロックがすすむ。「アホちゃうか…人いきれの中で桜観て―なにが己の桜かな―」勲も酒が回っている。

愚図愚図と酔いしれて…【017】

 昨日の酒がまだ残っている。一階のリビングルームに降り、冷蔵庫を開け、サッポロ黒ラベルの中瓶を取り出し、栓を開け、小ぶりのクリスタルグラスを手に又、書斎に向かう。何故、先の四人のおやじ達が『イサオ・プロダクツ』に集っているのか?話せば長~い長~い物語となる。

 谷垣勝。昭和十九年、岡山県の小さな山村に生まれる。谷垣は二十一歳の時、すでにジャズのビッグバンドのテナーサックス奏者として、身を立てていた。十八歳のとき岡山から上京し、立川の米軍キャンプでバンドボーイとしてテナーサックス奏者を志していた。三年後、谷垣は、香港やシンガポールの一流ホテルのディナーショーのバックバンドの一員として、名を馳せていた。ある夜のショーは世界的人気歌手、ディーン・マーティン。
 オープニングは『モナリザ』。1933年に開催された、シカゴ万国博覧会のテーマ曲である。70年の大阪万博の♪こんにちは~こんにちは~世界の~国から~ こんにちは~こんにちは~桜の国へ~とは、えらい違いだ。2曲目は『思い出のサンフランシスコ』これ又、サンフランシスコ万博のテーマ曲。♪1970年の~こんにちは~えらい違いだ。その後もジャズのスタンダードナンバーのオンパレード。ショー前半のラストは『EVERYBODY LOVE SOMEBODY SOMETIME』間奏はテナーサックスのソロ。谷垣は立ち上がり、体をスウィングさせる。ホールは万雷の拍手。ディーンも左目のウィンクを谷垣に送る。
 シンガポールでの谷垣は、我が世の春だった。酒と女とクスリ、やりたい放題。高額のギャラで買った車は、オースチン。昼過ぎに目覚め、シャワーを浴び、素肌にオーデコロンを塗り、青いシルクのYシャツを着、オースチンのキーをポケットに、ホテルの部屋を出る。ステージは夜の9時。女とは、いつもの中華料理の店で待ち合わせ。海岸沿いのメインストリートを走るオープンカーの風が、心地いい。ランチを食い、ホテルの部屋でのクスリとセックス…。5年間の生活で、谷垣は体を壊した。
 日本に帰り、姉の住む東大阪市の家に居候する。半年間はブラブラした生活を送る。静養も兼ねての風来坊生活。体力に自信を得た谷垣は、昔のバンド仲間のツテを頼って、女性タレントのマネージャーに納まる。音楽業界とテレビ業界、戸惑いは無い。このタレントは大阪万博のリポート番組でのリポーターぶりが、某テレビ局のやり手プロデューサーの目に留まり、全国ネットの顔になっていた。
 谷垣はM放送の子会社プロダクション、F映画制作の入居しているビルを、タレントと共に訪れた。M放送の人気旅番組のリポーターの仕事が飛び込んだ。その打ち合わせだ。ここで谷垣勝は藤田勲と、始めて顔を合わせる事となる。二十二歳の勲は『民家の旅』という三十分番組の制作進行の職に就いていた。

愚図愚図と酔いしれて…【018】

 小学二年生の春、児童劇団に入った勲はその後、幾つものオーディションを受けた。他の劇団員との【戦い】―。
 入団して一年―。勲は小学三年生に上がっていた。今日もオーディション。八人の子役がオーディションを受けている。「おっ父!」父親役の、渋谷天外の腰のあたりに向かって走り、抱きついて、号泣する。ただ、それだけ。勲の番が来た。「おっ父!」あの雨の日、母にそうしたように勲は、抱きついた。勲が子役の座を射止めた。「一番、強ようにぶつかって来よった…」天外は微笑んでいる。

 中山正志 作
 舘直志 劇化
 村山知義 演出 

    馬喰一代
 
 グーッとビールを一気に飲み干す。美味い!二日酔いには迎え酒がいい…。
 勲の手元には、薄茶けた古い、一冊の台本がある。書斎に蔓延している紫煙に映し出されていた、遠い過去の映像が、現代(いま)に甦っている。アルバムの右端下の写真―。児童劇団「こびと座」に入って一年、勲の初舞台は東京・新橋演舞場の『馬喰一代』だった。
 台本表紙の右肩の舘直志は、渋谷天外の劇作家ネームである。松竹新喜劇を率いる渋谷天外。人情芝居を演じさせれば東西一。彼はユーモアと涙溢れる、後の新喜劇十八番(おはこ)となる"親馬鹿、子馬鹿もの"を大ヒットさせた。喜劇の大御所・藤山寛美、育ての親でもある。劇作家ネームの舘直志は〝立て直し〟の洒落に違いない。
 『馬喰一代』・・・・・
 大正末期の北海道、北見―。馬喰(ばくろう)の米太郎は女房が難産で死んでしまった日、近所の呑み屋で失意のあまり、大酒を喰らい店の客らと大喧嘩してしまう。その挙句、酌婦のお雪に急所を蹴られ、寝込んでしまう。この一件以来、米太郎は酒も博打も止め、残された赤子、太平を男手ひとつで育てる。数年後、その甲斐あって、小学校に入った一人息子太平は、成績もクラス一番の子供に育つ。太平を日本一の馬喰に育てる夢を持つ米太郎は、新天地を求めて留辺蕊(るべしべ)の町へ移る。腕のいい馬喰、米太郎に高給を出して雇うという大牧場の主人が現れる。その主人が、北見馬喰の誇りを捨て金欲にのみ走る、昔馴染みの六太郎と知って断る。
 米太郎の暮らしは苦しいが、太平だけが生き甲斐だった。太平はこの町でも優等生だった。担任の津田先生に「子供の意思を無視して馬喰にするのか!」となじられ激怒した米太郎も「太平にもお母さんが必要だね…」と言う先生の言葉は、胸に応えた。そんな折り、米太郎は、お雪と再会する。そして、お雪に求婚するも断られてしまう。
 長い、旅馬喰から戻ってみると、家ではお雪と太平が中睦まじく米太郎を待っていた。お雪の強い願いから、米太郎は太平の中学進学に同意する。学資として売ろうとした馬が病気になり、米太郎はとうとう六太郎から金を借りてしまった。しかも、道庁長官の金盃を争う馬市の日、審査員の一人だった米太郎
は、六太郎に買収されて家で寝ている始末だ。そこへ、お雪が百円の札束を持って米太郎を叩き起こし、会場へ飛んで行けと怒鳴った。母の形見の懐剣を売ってきたのだ。
 春が来た。中学に入学する太平を駅まで送って帰った米太郎は、激しく喀血するお雪を見てハッとした。お雪の最期の時が来たと悟った米太郎は、馬を駆って太平の乗る汽車を追った。「忘れるな、ちゃんとした競走馬じゃぞ!」と、叫びながら・・・・・

愚図愚図と酔いしれて…【019】

 米太郎が渋谷天外、太平(幼年期)が藤田勲。

太郎  「米太郎 米太郎 居らんのかい…太平 太平…」
          馬小屋の方から太平が出て来る
太郎  「オイ太平 お父さんは?」
太平  「おっ母ァつれて教会へ行った」
太郎  「ふ~ん 教会へ参ったか それでお前一人、留守番か」
太平  「う~ん」
          と、馬小屋の方見る
太郎  「誰ぞ来てるのか?」
          馬小屋の方から松沢出てくる
松沢  「オッ 目くされの太郎か」
太郎  「雪 えらい降り出したのう お前留守番か?」
松沢  「オウ 今朝 道で米太郎に会うたら 馬がお産する気配が
     見えてきたが女房は病人 太平はまだ子供 俺一人でどうにも
     仕様がない 手伝ってくれと頼まれてな まあこっちへ来い」
          と囲炉裏へゆく
松沢  「太平よ 今の藁 馬小屋へ入れとけ」
太平  「うん」
          と太平 馬小屋の方へ去る
太郎  「お雪 大分 悪いらしいな」
松沢  「医者に もう手当てしても無駄や諦めと言われてから米太郎
     お雪を背負うて教会へ参ってるのやが…」
太郎  「拝んで治るか?」
松沢  「気休めや…お雪 気ぃの方も触れとるらしいしな…」
          舞台 暗転
          スクリーンに雪の激しい映像 出現
太平  「おっ母ァ おっ母ァ!」
お雪  「あヽ雪が 雪が…」
          と立つ オロオロする太平にかまわず
          お雪 縁側へ行き〝雪が雪が〟と呟きつつ
          裏庭へ行く
太平  「おっ父!おっ父!来てくれぇ おっ母ァが おっ母ァが……」
          米太郎 つづいて松沢出る
米太郎 「どうした太平 あヽお雪は?」
太平  「裏庭へ 行った」
          米太郎驚いて行かんとする 太郎が出てくる
太郎  「オイ 何をしてる お産が始まる 米太郎 来てくれ」
          と言い捨てて去る
米太郎 「松沢 お雪を頼む」
松沢  「よし!」
          と飛んで行く
          米太郎 馬屋へ行きかける
          ハッと太平を振り返る
太平  「………おっ父!」
          と太平 駆け出し 
          米太郎にしがみ付いて泣きじゃくる
太平  「おっ父 おっ父!」
米太郎 「泣くな 泣くな太平! 太平 た た 太平ぇ~!」
          と 連呼する
          風音
 ◎それにかぶせてキネの雪の流れ その流
  れが段々早まって 目まぐるしいまでに
  速度が昴まる

 舞台中央で、みすぼらしい冬物の着物に、綿入れのチャンチャンコ姿の太平を米太郎が、しっかと抱きしめている、一枚の写真―。勲はもう一本、煙草に火を点ける。フウーッ…「台詞、こんだけか?」子供の頃の距離感・容積・体積などの体感が、大人になってからは、ちっぽけに感じることがある。しかし、いかに年月が経ったとはいえ、台詞の数が変わろう筈が無い。ビールをグラスに注ぎ、又、一気に飲み干す。フーッ…。まだ、午前八時過ぎ―閑静な住宅地を書斎の窓から見下ろしながら、勲は紫煙を吐き出す…。勲が、ここ奈良市学園前に移り住んだのは、三十三歳の時である。この経緯(いきさつ)も話せば長~い物語となる。

愚図愚図と酔いしれて…【020】

 勲は三年生に上がってからの一年間、三分の一も学校に通っていない。新橋演舞場の次は、名古屋の御園座、暮れの大阪・中座。この他、大阪千日前の歌舞伎座でのミヤコ蝶々・南都雄二との舞台。同じく、蝶々・雄二主演の大阪テレビ(今の朝日放送)のバラ劇場『月と子供』の子供役と、勉強なんてしている暇がない。まるで旅役者だ。児童劇団の団長も世間体を気にしてか、勲の母に「公演中は、家庭教師を付けますので、ご安心下さい!」「そんなん、先生、気にせんといて下さい!」社交辞令。実際、勲は新橋演舞場と御園座公演では、家庭教師どころか勉強なんてしたためしがない。一応、教科書は持参していたが…。他の子役も同じだ。子役は合わせて四人いた。『馬喰一代』太平の少年期の森田君、幼年期の勲、現代劇『おじいちゃんの飛行機』の兄弟役の中島君、小浜君の四人。子役たちは演舞場近くの旅館での合宿生活。行ったことはないが、毎日が修学旅行気分だ。付き添いは「こびと座」の女性マネージャーと勲の母。中島君は母が居ない。そこで、他の三人の母親が輪番制で子供の面倒を見るというシステムだ。或る休演日―。子供四人と母、五人連れ立って水道橋の後楽園遊園地へ。大観覧車にジェットコースター、メリーゴーランドにコースター。コースターは全員が初体験。中に入る。そこはドラム缶を半分に切ったようなデカイ円筒形のスペース。アナウンスの声が響く。「皆様、本日は後楽園遊園地にようこそお越し下さいまして、誠にありがとうございます。只今よりローターが回転いたします。皆様、体を大の字にして壁に背を当てて下さいませ」全員、体を大の字にする。ローターの内側にはビニールのネットが貼り付けてある。「皆様、準備はよろしいでしょうか?コースター・ゴーッ!」グワン~グワン~グワン~徐々にローターは回転速度を上げていく。グワン~グワン~グワン~その刹那、ナ・ナ・ナント、床がスルーッと奈落へ降りて行く…。体といえば、ローターの遠心力で壁にピターッとへばり付く。ヒェ~ッ!場内は大絶叫の嵐。何の事はない、ローター内は洗濯機の脱水状態である。外に出る。五人とも真っ青、まだ目が回る。「東京いうとこは、怖いとこや…」勲は呟く。
 その日の夕食は、ビフテキ。それも銀座『スエヒロ』だ。この店の支配人が以前、勲の家で経理として働いていた、と母は言う。だから安くビフテキを食べさせてくれるらしい。母が「やぶさん」と呼ぶ支配人に会釈を送る。
ビフテキ…なんという言葉の響きだろう。すき焼きとは又違う、何かアメリカンチックな、ビフテキ。熱々に焼きしめられた鉄板の上に、デーンと誇らしげに位置を占める、ビフテキ。周りのポテトやにんじんに目は向かない。網膜の裏に焼き付く映像は、ビフテキ。分厚い肉の上のバターがトロ~と溶け、肉の側面を伝って鉄板に滴る…ジュ~ッ…もうたまん!「なにしてんのん勲、はよ食べ!」
 このスエヒロの常連客が我らがヒーロー・力道山。一回の食事で二キロのビフテキ三枚をペロッと平らげる。「そやないと、シャープ兄弟とか吸血鬼・ブラッシーとかルーテーズを空手チョップで退治でけへんわなぁ」と、勲は思う。戦後十二年も経っているというのに日本プロレス界は、今だ〝鬼畜米英〟である。【戦い】―。小柄な力道山が、肉食動物に見える胸毛もじゃもじゃの大男を伝家の宝刀・空手チョップでバッタバッタと薙ぎ倒す。そのさまをテレビジョン画面に釘づけにされた、敗戦国日本の老若男女が狂喜乱舞する。まやかしの大本営発表に、皇国日本の勝利を信じていた日本人が今、目の前で確実にアメリカ人プロレスラーを完膚なきまでに打ちのめす力道山の勝利に酔いしれる。誰が何と言おうが戦後ナンバーワンのヒーローは力道山だ。

【一挙掲載版】其の参
【連載】は…まだまだ続きます!ご愛読頂ければ幸いです!

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愚図愚図と酔いしれて…【一挙掲載版】其ノ壱

愚図愚図と酔いしれて…【001】

 アルバムの整理をしたくなった。二十数年間、春先になる度に考えていたことである。裏山の雑木林では「きょほけ」と、いったい何者であるのか、得体の知れないものが泣き出すのも、いつもの歳のそれである。
 男はまだ山積みになった写真の一枚も新しいアルバムに、その思い出の印を置いてはいない。書斎の机の片隅にある、数冊の古いアルバムの一番古い一冊が開かれている。小さな額には〝大〟の字が塗られている。祖母に抱かれた嬰児の宮参りである。一枚のセピア色の写真が、遠い時の流れの源に辿り着いている。
 昭和二十三年、七月二十六日、男は大阪、H区の下町の印刷工場の七人兄弟の末っ子、五男坊として生を受ける。

 『世界史始まって以来の戦争製造者を罰する裁判』と、アメリカ大統領・トルーマンが語った「東京裁判」。
 昭和二十三年十一月十二日、A級戦犯二十五人に判決が下された。
 陸軍大将・東条英機、第一次近衛内閣外務大臣・広田弘毅、元在満特務機関長・土肥原賢二、ビルマ方面軍司令官・木村兵太郎ら七人に絞首刑。終身禁固刑十六人、禁固二十年一人、同七年一人。
 この他、各地で戦犯裁判を受けた人員四千二百五十七人。うち死刑は九百十一人であった。天皇の名において始めた戦争。その戦いに敗れた時、裁かれた多くは一枚の〝赤紙〟で召集された善良な市民であった。その名を「B・C級戦犯」と呼ぶ。
 『裁く手は汚れていなかったか?』といわれた、極東国際軍事裁判は、ナチスに対するニュールンベルグ裁判より過酷な終焉であった。
 翌、昭和二十四年十月十九日、GHQは戦犯裁判の終了を宣言した。
 昭和十六年十二年八日、日本海軍の真珠湾攻撃から数えて七年十ヶ月の時が流れていた。この年、東京都教組が「男女同一賃金」を獲得、民主自由党が結成され、総裁に吉田茂が就任。新制高校・大学が発足した。
 世界情勢から見ると、何とも気恥ずかしい日本の民主化のスタートであった。

愚図愚図と酔いしれて…【002】

 大阪・H区の下町で生まれた男の名は藤田勲。家業は学習帳の印刷屋。三台の大型輪転機と従業員は、勲の父と四人の職人という町工場である。大手文房具会社の下請けで、結構儲けていたようだ。ようだ・・・というのは勲が物心ついた頃には、あまり景気が良くなかったからである。家の前で近所の子供たちと遊んでいる時、見知らぬ大人が「ぼん、お父ちゃんいてるか?」と尋ねられると必ず「おっちゃん、節季にしてや!」と答えたものである。大阪の商売人の言う〝節季〟とは、その月の勘定期、つまり〝月末〟のこと。
 母親が得意先や、付けで買っている近所の食料品屋への応対で、この節季と言う言葉を意味知らず覚えていたのだ。だから大人の訪問は「借金の催促なんや」と思い込んでいたようだ。それでも、五人の子供と二人の住み込み職人の食事や洗濯、雑用を手伝う、これ又、住み込みの女中(この頃、お手伝いさんという言葉は無い)が一人居たということはまだ裕福だったのだろうか。
 勲の住むH区の北東の端には田圃が点在していた。大坂上町台地を東西に延びる国道も東は、深江橋の十三間道路で行き止まり。ここからは細い地道に姿を変えて放出(はなてん)街道と交わる。その地道の横に小川が流れる。街道に出る少し手前には、通称「一本橋」と呼ばれる、人ひとりが通れる位の橋が架かっている。この橋を北に渡れば隣のJ区。
 そこにはまだ「軍人住宅」と呼ばれる、府営の平屋住宅が建ち並ぶ。終戦後、駐留米軍の為の住居として建てられたものである。何故ここに軍人住宅が建てられたのかというと、西に四キロ程の所に大阪城がある。
 大阪城周辺には戦前、重要な軍事施設が多数あった。城の隣には陸軍の第四師団の司令部、そして東の堀の下には東洋一の兵器工場「大阪砲兵工廠」が拡がっていた。太平洋戦争末期には約六万人が兵器製造に携わっていた。
 東京大空襲の三日後の昭和二十年三月十三日深夜から未明にかけて、最初の大阪大空襲が行われた。大阪砲兵工廠は米軍にとって大きなターゲットである。大阪はその後、六月一日、七日、十五日、二十六日、七月十日、二十四日、そして終戦の前日、八月十四日にも大空襲に見舞われた。これらの空襲で一般市民一万人以上が死亡したと言われている。大阪砲兵工廠に近いJ区の南端に、戦後処理の為の駐留米軍の「軍人住宅」が建てられたのも納得出来る。
 勲の家の倉庫のトタン屋根の端には、今も焼夷弾の痕の穴が残っている。父の話では、南方戦線での日本軍の劣勢が伝えられるようになってからは、焼夷弾爆撃が頻繁に繰り返されたという。そして、空襲警報の度に親子六人と祖父、祖母は敷地の中の小さな防空壕に身を潜めた。勲は終戦の三年後に生まれる。

愚図愚図と酔いしれて…【003】

 J区の軍人住宅の中にあるA幼稚園の年少組に勲は入園させられた。させられた…勲の思いである。幼稚園に行くのがとにかく嫌だった。年少組は「ももぐみ」と「かえでぐみ」年長組は「ゆりぐみ」勲は「かえでぐみ」。
 通い始めた頃は愉しみがあった。講堂での自転車遊び。子供用の自転車には、後輪の左右に補助のための小さな車輪が付いている。誰も補助輪なしでは乗れない。自転車は高級品で、よほどの金持ちの家の子供しか持っていない。だから園児たちは〝夢の乗り物〟自転車を取り合う。勲はいつも父に早い時間に幼稚園まで送ってもらう。勿論、父の自家用自転車だ。幼稚園に着くと一目散に講堂を目指す。「いちばんのりや!」肩から斜めにぶらさげた小さな黄色いバックもそのままに、自転車に飛び乗る。体重を左にかけペダルを踏む。講堂内を左回りにグルグルグルグル疾走する。二人、八人、十五人…もう定員オーバーだ。自転車は十五台しかない。乗っているのは、年少組ばかり。そこへ年長組の奴らが連れ立ってやって来る。
「おい、かせや!じぶんらもうええやろ!」年長組の奴らは体も年少組より、一回りデカイ。言われるままに、せっかく確保した自転車は乗っ取られる。泣き叫ぶ園児も多い。勲はというと声は出さねど、泣きっ面。「おかあちゃんにいうたるさかいにな!」心の叫び。こんなことが日々、つづく。勲の頭の中の思考は、もはや〝登園拒否〟。それは、父の知るところとなる。退園時間に父は毎日、自転車で迎えに来てくれる。勲の通園は送り迎え付き。父の自転車の後ろの荷台には座布団が紐で結んである。そこは勲の特等席だ。そこにチョコンと座って両手を父の腰に回すと何故かホッとして、涙が溢れ出す。嫌な幼稚園から救い出された気分なのだ。「勲、どうしたんや?何で泣いてるんや?」優しく問われると、いっそう悲しくなる。「おとうちゃん…もうようちえん…いくの、いやや…」「…そうかぁ…そんな行くのん嫌やったら、行かんでもええがな…」理由など聞かない。「そやけど、おかあちゃんにおこられるぅ…」「かまへん、お父ちゃんが、あんじょう言うたるさかいに…」父の腰に回した勲の小さな腕に、力がこもる。「勲、まだ昼やし、映画でも観に行こか?」「ほんま!」。

愚図愚図と酔いしれて…【004】

 H区に隣接するF市一番の繁華街、F駅北口商店街。南北二キロの賑やかな商店街は勲にとっては「新世界」だ。商店街の中程には近鉄奈良線の踏み切りが日がな一日、上下を繰り返す。この踏み切りを南に渡れば「昭栄座」だ。父、お気に入りの映画館である。今、上映中の映画は嵐寛寿郎・主演の人気シリーズ『鞍馬天狗』。ストーリーはどの時代劇でも同様の「勧善懲悪」。ラストシーンは決まって、悪者に捕まっている、鞍馬天狗を慕う杉作少年達の救出劇。白馬に跨った鞍馬天狗が疾風の如く街道を駆け抜ける。スクリーンに釘付けの老若男女の観客からは、大きな拍手の嵐。その後は「チャンチャンバラバラ砂埃!」立ち回りの末、鞍馬天狗は悪人共を成敗する。鞍馬天狗のニヒルな笑い顔がクローズアップされ、〔終〕の一文字がトラックアップ。そして、左右から幕が自動的に中央に滑り出し、スクリーンを隠す。

 「お父ちゃん、今日、映画観に行ったん違う?」「うっ…違うで…勲連れて鍛冶屋とか鋳造所やら、鋲螺工場を見せに行ったんやがな…」母の詰問に父は動じない。確かにH区には、ハンマーなどを作る鍛冶屋、鉄瓶製造の鋳造所、ネジを切る鋲螺工場が多く、勲も何度か父の自転車の後ろに乗せられて、見に行ったものである。「おかしいなあ…ズボンのポケットの中に、南京豆の皮がようけ入ってるけどねぇ…」父の脱いだ作業ズボンを片付けながら母は、不審の視線を父に投げかける。父は映画館に入る前、必ずお菓子屋で皮の付いた落花生を買う。紙袋に入れてもらうのだが、袋は捨てて中身をポケットに入れる。映画を観ながら右手を突っ込み、指先で皮を剥き、身だけを口に運ぶ。勲も父の真似をする。したがって皮はポケットの中に残る。それを処分しないことを、母は百も承知なのである。こうした父と母のほほえましい会話を兄弟四人は、一家団欒の象徴のように、見つめている。勲だけが自分のポケット中にある落花生の皮を掌で、ぎゅっと握り締めている。何のことはない、映画好きの父は今日、勲をだしに使ったのである。父の印刷工場は四人の職人に任せておいてもいい経営状態だったのだろうか?
 なにはともあれ、父はひっきりなしに幼稚園にやって来ては、勲を早引けさせ、映画やいろんな町工場の作業内容を見学させた。父と母との間で、どんなひと悶着があったのか勲は知ることもなく、A幼稚園をわずか三ヶ月で辞めることが出来た。兄弟が多いこともあって母は幼稚園で習う程度の学習内容を、勲に教えることを、四人の子供に託した。この方が幼稚園よりも、はるかに勲の頭にはスムーズに知恵が蓄積されて行った。

愚図愚図と酔いしれて…【005】

 勲が小学校に上がった当初は、二部授業であった。生徒数に教室の数がまったく間に合わず、朝行きと昼行きとの二部交替制の授業であった。朝行きは午前八時半、昼行きは午後十二時半からの授業である。朝行きは昼から遊べるし、昼行きは午前中遊べる。どちらにしても勲の頭の中は、遊びでいっぱい。
 足袋を履いてズック靴という奇妙なスタイルでの通学。近所の子供たちと遊ぶ時は、下駄履きだった。だから、こんな遊びが流行っていた。♪下~駄~隠し ちゅうれんぼ~ 橋の下の ねずみが~ 草履をくわえて チュッチュクチュ チュッチュク饅頭は 誰が喰た~ 誰も喰わない わしが喰た~ 表の看板 三味線屋 裏から回って 三軒目 プッとこいてプッとこいて プッ プッ プッ!
 男の子も女の子も、自分の下駄の片方を出し、横一列に並べる。そして、先のわらべ唄を大声で歌う。唄に合わせて列の左端から、指で下駄を指しながら、指を下駄一つずつ、右へ移動させていく。唄の終わりで止まった下駄の子が鬼。残りの子は鬼が目をつむって百を数えている間に、自分の下駄を隠し鬼が探す。鬼ごっこの一種である。
 又、天気予報にも下駄が活躍した。「あ~した天気にな~れ!」と、同時に下駄の片方を空に向かって蹴り上げる。落ちてきた下駄が表向きなら晴れ、裏向きなら雨、横向きに立てば、雪である。「夏やのに、雪?」勲は、この天気予報は信じない。
 さて、小学校だが・・・冬には教室の前の左右に大きな火鉢が置かれていて、室内暖房の役を果たしてくれる。又それは調理器にもなる。給食のコッペパンを炭火で焼いて食べるのである。勿論、飲みものは脱脂粉乳である。勲はこの給食が大の苦手であった。担任の先生と一緒に食べるのだが、コッペパン、おかず(大体が大根、人参、じゃがいもの煮付けである)は無論のこと、脱脂粉乳すべて平らげなければならない。脱脂粉乳の入ったアルマイトの器の底には、こげ茶色の物質が沈殿している。これが苦手だ。上澄みの乳白色の液体と混ぜればいいのだが…。なにひとつ残さず食べ終わるまで、昼休み時間の運動場での「ちんぽ踏みん」遊びが出来ない。「ちんぽ踏みん」とはまず、アルマイトの薬缶に水を入れ、それで校庭の土の上に図を描く。一辺の中央に一メートル程の隙間を開けた十メートルの正方形を型取る。その周りに波型の線を正方形に近づけたり、離したりして正方形を囲む。いわゆる"サザエさんごっこ"の変形である。正方形の一メートルの隙間の対角方向には、蛇がくねくねしたような細長いスペースを伸ばす。その先端を水で丸く塗り潰す。これが《宝》である。蛇のくねくねが「ちんぽ」なのである。
 グッパで十五人ずつの敵味方を決める。先行組が攻撃し、後攻組が防御する。「戦争~開始!」を合図に攻撃組が正方形の外側の波型のスペースを走り、一メートルの隙間を目指す。防御側は正方形の中から敵を波型の線の外に突き出そうとする。突き出されたら負け、又、正方形の外に防御側が引っ張り出されたら負け。こうした攻防を経て、攻撃側の生き残りが一メートルの隙間から敵陣になだれ込む。防御側はちんぽの先端の《宝》を守る。ここからの戦いは相撲である。投げ飛ばされる者、正方形の外に押し出される者、その合間を縫って、ちんぽの先の《宝》を目指して、敵・味方が走り込む。そして、最後はちんぽ内の壮絶な戦いとなる。くねくねした線の外に出れば負け。
 かくして、目指す《宝》を踏破した者が覇者となり、仲間から拍手喝采を浴びる。この遊びに勲はしばしば、給食の食べ遅れで不参加を余儀なくされた。もっとも、早晩、この遊びは、命名が下品な事と合わせて、陣地取り合戦が過熱し、怪我人が多く出たために校長が「ちんぽ踏みん禁止令」を発動することとなるのだが・・・。

愚図愚図と酔いしれて…【006】

 給食以上に勲が苦手なのが虫下し。当時、子供たちの胃腸の中には、回虫の類がよく居たものである。検査をしてから疑わしき者に回虫駆除の薬を与えるという、邪魔くさく又、悠長な事はしておれぬ。団塊の世代、とにかく生徒数の多さは、半端じゃない。講堂に一クラスずつ呼びつけられ、そこで海人草(まくり)というものを飲まされる。チャップリンの映画『モダンタイムス』並みの、流れ作業だ。六歳や七歳の子供にとって、この液体が何であるかなど知る由も無い。黒紫色のドロドロした不気味な〝毒〟を飲まされるのである。「だっしふんにゅうと、いっしょや…」勲は、呟く。
 この海人草とは辞書によると『フジマツモ科の紅藻。紀伊半島から台湾までの干潮線下の岩上に産する。体は円柱状で高さ約八センチ。強靭で不規則に分岐し、毛状突起を密布。黒紫色で乾燥すればやや樺色に変ずる。回虫駆除に用いる。どくまくり。)』
 やはり毒だ!この解説を聞いただけで吐き気を催す。およそ人類が口にするシロモノではない。ましてや、戦後日本の未来を担う団塊の世代の少年期に飲ませるモノなのか!しかし先生には絶対服従。目を瞑って鼻を摘まんで一気に食道に流し込む。「ブーッ」という溜息とも、吐息ともつかぬ奇声が講堂中を右往左往して、飛び交う。しかし、誰一人として、この海人草を飲むことに反旗を翻さない。というのもこの悪夢の一瞬さえ耐え忍べば小さなセコイ、飴が一個もらえるのである。この飴欲しさに〝毒〟を飲む。この虫下しこそ〝飴と鞭〟なのである。

 夏休みも終わり二学期が始まる。この期から各クラスでは級長と副級長が選ばれる。とはいっても一年生は生徒による選挙ではなく担任の先生が指名する。何故か勲が級長に、百合という苗字の女の子が副級長に指名された。一年坊主の級長の仕事といってもたかがしれたもの。一時間目の授業に先生が教室に入って来ると素早く「起立!礼!着席!瞑目!」と大きな声で号令を掛けて、生徒全員がそれに従った動作を取る。それだけの事だ。
しかし、勲にとってこの級長は別の大きな意味を持っていた・・・筈だった。夏休みの間、勲は近所の子供たちと原っぱや田圃で走り回って、遊びほうけていた。夕方になって母が家に帰るよう呼びに来る。すると皆で「からすが鳴くからか~えろ!」と合唱して、それぞれ家路に着く。そして夕餉の卓袱台を家族で囲む。その折、母が言う「勲なあ、二学期になって級長さんになったらなあ、お父ちゃんがなあ、自転車こうてくれはるらしいで」「えっ、お父ちゃん、ほんま?」「うっ……ほんまや…」父が神様に見えた。兄や姉も微笑んでいる。次の日から勲は午前中、宿題の『夏休みの友』を済ませてから、外に飛び出すようになった。それ以降、父も母も級長の話には一切触れずじまいだった。遊びほうけている勲の鼻先に、自転車という人参を家族全員で、ぶら下げたのだ。ところが〝瓢箪から独楽〟勲は級長になってしまった。

愚図愚図と酔いしれて…【007】

この日、勲は道草もせず走って家に向かった。ランドセルを玄関に放り投げて工場に入る。「お母ちゃんぼく、級長さんになったで!」和服に割烹着、頭は姉さん被りのいでたちで母は、輪転機が刷り上げた学習帳の束を、木のパレット台に積み上げている。母は父の仕事を手伝っている。母の反応が鈍い。父の所へ走る。「お父ちゃん、ぼく、級長さんになったで!」父は輪転機の騒音で聞こえない振りを決め込んでいるふうである。「………お父ちゃん、お母ちゃんのウソつき!」
勲は工場の小さな事務所の横の急な階段を駆け上る。その右の引き戸を開ければ十五畳程の変形の和室。住み込みの二人の職人部屋。左は木の床の倉庫と物置。物置は下は木、上半分は鮮やかなステンドグラスが嵌め込まれたドアで仕切られ、中は八畳程の細長いスペース。左右に棚が設えられてある。そこには、祖父の宝物が納められている。
 祖父と祖母は、徳島県出身。母の話によると・・・「おじいちゃんとおばあちゃんはな、年頃に相思相愛になりはってなあ」「そうしそうあいて、なに?」「お互いに、べた惚れちゅうことや。ところがやな、おじいちゃんのおとうさんと、おかあさん、ほんで、おばあちゃんの、おとうさんと、おかあさん、おまけに、おじいちゃんのおじさん、おばあちゃんのおばさんが、えらい反対しはってなぁ…」「えらい、ややこしいなぁ」「おじいちゃんと、おばあちゃんはどうしても夫婦(めおと)になりたい。考えて考えて考え抜いて、或る日こっそり二人して、駆け落ちしやはったんや」「かけっこして、どっかに落ちはったん?」「黙って聞き!徳島港の待合室の便所の横に、ひっそり身を隠して夜明けを待ちはったんや」「はよ、べんじょはいって、おしっこしたらええのに…」「………ほんで朝一番の明石行きの連絡船に乗って、無事、駆け落ちは成功したいうわけや!」
 勲の祖父と祖母は、大阪に出る。明治三十六年に大阪では「内国勧業博覧会」今でいう国内版エクスポが開催された。大阪では明治以降になって、繊維業を中心にして〝工場制度の導入〟が計られた。明治の大阪は、工場時代の到来であった。祖父と祖母は中之島・樋之上町に小さな平版の印刷工場を持つに至った。行政の工場制度推進の波に乗って商売は、とんとん拍子で拡大していった。本町や末吉橋には紙を扱う問屋が集まり出し、紙加工や印刷、製本業は活況を呈した。
 その勢いを駆って、祖父はH区に百五十坪の土地を買い、住宅・工場・倉庫併設の居を構えた。印刷事業拡大は効を奏し、三台の大型輪転機はフル稼働、印刷された学習帳の紙の山は両隣の製本屋に運ばれ、ノートサイズに裁断され、次々と製本に仕上って行く。
 印刷事業に成功を収めた祖父は、茶の湯を趣味とした。茶器類は言うに及ばず、伊万里や備前、九谷の大皿等の収集に心血を注いだ。それら、祖父の宝物が棚に仕舞われている。祖父、祖母とも勲が幼いうちに逝った。奥の間の床の間に飾るもの以外は、物置に収納されている。ここは幼い勲は立ち入り禁止区域。しかし、級長になれば褒美の自転車を買ってやるという約束を反故にされた勲は、独りぼっちになりたかった。兄や姉も謀略に加担したのだ。物置のステンドグラスのドアは、内から鍵が掛かる。「だれがよびにきても、ぜったい、そとにでえへんからな…」篭城を決め込む。
 輪転機の轟音が止み、職人たちの階段を登ってくる足音が響く。部屋に入る。「もうちょっとしたら、ばんごはんや。ほんなら、お母ちゃんも、ぼくをよびにきてくれる…」甘い考えだった。工場に居た誰一人として勲が物置に隠れていることを知らない。物置には四十ワットの裸電球ひとつ。それを灯す。薄暗い。しーんとした静寂が、勲を包み込む。ガシャ~ン!鍵を掛けたことを忘れた勲は掌でステンドグラスを内側から、打ち破った。

愚図愚図と酔いしれて…【008】

 一週間後。右手に包帯を巻いた勲は、小学校の玄関に立っている。外は雨。友達のお母さん達は傘を持って子供を迎えに来ている。「お母ちゃん、遅いわ!」母は専業主婦ではない、家業を手伝っている。だから迎えに来るのが遅れる。いつもなら待つのだが、勲はここ一週間、拗ね虫である。校門を出て雨の中を歩く。わざと水溜りに入る。ズック靴はズブズブ。「おこられても、かめへん…うそついた、お母ちゃんがわるいんや!」「勲!堪忍な、遅れてしもて…」「……ウワァ~ン!」母のお腹の辺りに抱きついて勲は、号泣する。この一週間の何ともやるせない想いが、勲をそうさせた。「けったいな子やな、この子は…あんなあ勲、うちに帰ったら、ええもんあげるさかいに、機嫌なおすんやでぇ」
 家に着くと、自宅と隣の倉庫の間の通路に父が佇んでいる。「お帰り勲」「ただいま…」「どないしたんや?いつもの元気、どこへいってしもたんや」「そやかて…」「一寸こっち入り」父は倉庫の横開きの扉を右に開く。左側から視界が、ゆっくりとひらけて行く。「ウワァ~ウワァ~…じ、じ、自転や!」
 倉庫の天窓から差し込む、雨の日の日差しの中にブルーのピカピカの車体が、勲に微笑みかけている。
 その夜から勲の、自転車乗りの特訓が始まる。幼稚園の講堂での自転車乗りは、補助輪付き。新車に、それは無い。真新しいサドルに跨った勲を、後ろの荷台に手を添えて父が支える。
「勲、ペダル、漕ぎ!」勲は、ゆっくりとペダルを踏む。父は自転車を、思い切り、押しやる。勲は、ペダルを漕ぐ…。地道には石ころや、穴ぼこが点在する。ハンドルが、それらの抵抗を受けて右往左往する。バタン!五メートルも行かない内に、左に倒れる。こんな事が、三十分も続く。
 今度は五メートルをクリアした。「勲、その調子や!ええで、ええで!」後ろで車体を支えているはずの父の声が、遠い。振り向く、勲。父は手を放している。「えっ、ボク、一人で自転車漕いでんのん?」不安が頭をよぎる。いつの間にか、足が止まっている。バランスを崩しそうになる。勲、ペダル漕ぐんや!」その声に支えられ、勲は必死にペダルを漕ぎ続ける。二十メートル、五十メートル…
 勲は、角を左に曲がる。雨上がりの道の、そこここに水溜りが顔を覗かせる。それらをひょいひょいと避け、疾走する。「やったあ!ひとりで自転車、乗れたあ!」大喜びの勲の脳裏には、早くも来年春の光景が写し出されている。「二ねんせいの、一がっきも、級長になろ!」実際、二年生の一学期に勲は級友の選挙で級長に選ばれ、欲しかった勉強机をゲットした。

愚図愚図と酔いしれて…【009】

 小学校一年間の、朝行きと昼行きの「二部授業」―。子供たちにとって、同世代の人口がこれまでの日本が、経験し得なかった程の数であることに何の違和感も無い。むしろ友達が多勢いることを愉快にさえ思っていた。
 これから中学・高校・大学へと進学して行くプロセスで生まれる『受験戦争』など露知らず―。しかし、勲はこれからの人生で、この【戦い】というキーワードの場面に度々、遭遇することとなる―。昭和三十年代、勲は小さな人生を下町というホリゾントをバックにして謳歌していた。
 この頃、巷に出現し始めたのが「勉強学校」である。今で言う塾である。一クラス五十数人の中で二~三人は、この「勉強学校」に通っていた。とはいっても成績が悪くても〝ええし〟の子供しか通えない。しかし、そういう生徒は仲間に馬鹿にされていたようである。今の塾の様に進学を目的にしたものではなく、学校で勉強が出来ないから行くという認識であった。だから「勉強学校」である。学校を終えてまで勉強しに行くアホの子供より、表で飛び跳ねているアホの子供のほうが圧倒的に多かった。

 一年生の二学期の級長就任の褒美で買ってもらった自転車を、今では自由自在に勲は操る。この新兵器を手に入れたことによって、勲の行動範囲は格段に拡がった。この日、目指すのは、東洋一の巨大なお化け敷地―大阪砲兵工廠跡地だ!勲が小学校時代まで大阪砲兵工廠跡地は、空襲で焼け落ちた建物の鉄の骨組みだけが、その無残な姿を晒し、立ち入り禁止区域となっていた。しかし、そこは勲たち子供にとっては格好の遊び場でもある。張り巡らされた鉄条網をペンチで切り、秘密の入り口を作り忍び込む。悪ガキ達の腰のバンドにはタコ糸が吊るされ、その先端に「日立モートル」製の小型モーターに内臓されていた、直径八センチ程の中央に穴の空いた、厚み三センチの円形の磁石が、ぶら下がっている。下町の町工場の多い土地柄、子供たちは家で使えなくなったモーターを分解し、磁石を取り出し、それを遊び道具として所持していた。これは凄い磁力を放つ。仲間と共に勲も砲兵工廠跡地の地面をひたすら練り歩く。赤茶けた土の上を、腰から吊り下げられた磁石がコロコロと転がる。まるで魔法のように磁石には、鉄屑やら釘などの獲物が磁場に群がる。この単純な行動を二時間も繰り返せば、そこそこの鉄屑が収穫出来る。その日の成果を菓子箱や小さなドンゴロスの袋に詰め込むと、仕事は終わり。後は近所の屑鉄屋に持ち込めば、一円から五円の収入となる。五円でミカン水一本が買える。遊びが金になる。屑鉄屋の親父も子供の小遣い稼ぎを咎めることもない。親に告げ口していた日には、体が幾つあっても足らない。それほどに子供たちは表に出ては、それぞれのグループ単位で悪戯を創り出しては、実践に移していた。勲たちのグループにとっては、大阪砲兵工廠様々である。
 この大阪砲兵工廠跡地には、戦後、屑鉄の泥棒集団が実在した。それを題材にしたのが小松左京氏のSF小説『日本アパッチ族』である。
 敗戦後、スクラップと化した廃墟に鉄を食べる人間「アパッチ」が棲みつく。鉄を食べることによって、彼らの体は鋼鉄化した、不死身の人間となる。最初は僅かの勢力でしかなかったアパッチたちは次第に全国に広がり、政治・経済まで巻き込み、遂には、現存人類とアパッチ族の、核ミサイルをも引っ張り出す全面戦争にまで発展して行く…。
と言う物語である。一九六四年に発表された作品を、当時の勲が知る筈がないが、考えてみれば、小さなアパッチ族だった。屑鉄は喰わなかったが―。

愚図愚図と酔いしれて…【010】

「お医者さんごっこ」。この遊びの名前も後になって、ああ、あれがお医者さんごっこだったのか、と知る遊びであった。
 勲の家は、学習帳の印刷屋で印刷に使うインキの原液の缶が沢山あった。学習帳とは、小学生用の帳面のこと。国語、算数、理科、社会の各教科に使用するノートである。オーソドックスな線の色は〝鼠色〟。この色を出すのに四~五種類のインキを調合する。
 今ならコンピューター管理で色調を出すのだが、当時は職人の勘に頼っていた。勲の父は明治三十七年生まれ。徳島県の小さな村の尋常小学校を出てすぐ、今の印刷工場に丁稚奉公に出た。親方夫婦は徳島から駆け落ちし、その後、印刷業で財を成した。同郷出身のコネを頼って、この工場に奉公に出たのだ。親方夫婦には子供がなく、親戚の女の子を養女に迎え入れていた。勲の父親となるこの丁稚は、なにしろ真面目を絵に描いて、表面に仮漆(ニス)を塗って、額縁に入れたような職人に成長し、親方夫婦の信頼を一身に集めていた。そこで親方夫婦は男を藤田家の跡取りとして養子に取り、先の養女と三々九度の杯を交わさせたのである。
 結婚後、養子・養女の夫婦は五男・二女の子宝に恵まれた。七人兄弟姉妹の末っ子が勲である。四つ年上の四男が昭和十九年生まれという事で、勲以外は何らかの戦時中の間に生まれたことになる。そんな状況下で長男・長女は疫痢や腸チフスで、夭逝した。
 勲が小学校に上がった頃には、父は学習帳印刷の道では大ベテランの熟練工であった。
 さて、インキの調合であるが、勲はよく、父のその作業を遊びの一環として手伝っていた。インキの原液は、図工の時間に使う絵の具よりも数倍、濃くて硬い。それを工業用の油やシンナーを繋ぎにして混ぜていく。父の長年の勘で調合していくプロセスを、手伝うのであるが勲にはある種、泥んこ遊びの快感であった。
 調合されたインキは輪転機の二本の、相互に逆回転するローラーの隙間に、金属製のヘラでゆっくりと流し込まれて行く。ローラー一面に広がっていく鼠色のインキが、ローラーの上下で回転する、鉛で、学習帳の罫線に成型された〝版〟の凸面に、へばり付いていく。その間を巻き取り紙が軽やかに通過し、次にミシンのギザギザが降下して、印刷された紙を一メートル単位で切断していく。紙は次の工程で十枚までまとめられ、一本の長さ一メートル・幅五センチ・十本組みに立て掛けられた、竹の柵の下方に落ちる。と同時に竹の柵は、素早くバタンと前方に倒れ、十枚の印刷された紙の束が仕上がり台に落ち着く。この動作が続き、十回、つまり紙が百枚の束に成ったところで、仕上がり台から紙を両手で引き抜き、半分に折り、木製のパレット台に広げて積み上げていく。一本の巻取り紙は約五十分かけて学習帳に姿を変えて行く。まだインキの匂いのする紙に印刷された〝線〟は父と一緒に混ぜ合わせた色と全く同じ。当たり前のこの事実が、勲にとっては心高まる喜びでもあった。「お父ちゃんは天才や!近所の誰も真似でけへん!」勲は父を尊敬し、この印刷屋がとても好きであった。それは、大人の仕事を手伝ったという、ちっぽけな優越感だったのだろう。

【一挙掲載版】其ノ弐
【連載】は…まだまだ続きます!ご愛読頂ければ幸いです!

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